最初から嘘だった
利用されるのは慣れている、けれどやはり辛い。
秀麗の辛辣な思いが冷たい風と共に玉蓮へも伝わってきた。
「秀麗様……此処は冷えますからもう邸へもどりましょう」
「その前に一つだけ玉蓮さんに訊きたい事があります。今日コウガ楼へ化粧水を届けに行きますが、コウガ楼で官吏達による博打大会があるんです。しかも御史台が抜き打ちで捕縛しに来ます」
最機密事項をぺらぺらと喋り出す秀麗に玉蓮は震撼した。
「秀麗様!そんな重大な事を無闇に口にされては……」
「此処には玉蓮さんしかいませんし、玉蓮さんは知っているんでしょう?布団を綺麗に畳んで室を掃除して、コウガ楼の奥へ入っても不自然に思われない衣裳を着て行くんだわ」
秀麗の反証に息が詰まるが、布団のくだりが気になった。
「ふ、ふと、布団は……礼儀として畳んだのです」
「嘘です。玉蓮さんの布団はいつもあんなに綺麗に畳まれてません。寝坊した時なんてどんな感じに寝てたのか分かる感じでクチャ、となってます」
ガァン………
玉蓮はぺたん、とその場に座り込んだ。
恥ずかしい……。
秀麗にそんな風に思われていたなんて。
そんな布団の畳み方でコウガ楼へ潜入しようとしている事がバレてしまうなんて。
裁縫駄目、料理普通、布団の畳み方…駄目
「い、いくら鋭いからって……そんなお姑さんみたいな秀麗様……どうかと思います」
「布団はこの際どうでもいいんです。どうしてそんな危ない事をするんですか?もしかして、また葵長官に会う為ですか?」
あまりに突然な言葉、二人の間で禁句に近くなっていたのに。
「棄てられた事が不服ならば、葵長官の家の前で座り込めばいいわ。でもそれでは長官の耳に入る前に邸の者に始末されかねない。コウガ楼へ潜入し偶然をもって葵長官と再会するのは、策としては一番だと……私も思います」
私も……。
その言葉に玉蓮は俯いた。
短絡的でなく聡明な秀麗は見抜いたのだろう。
半分無意識だろうと、悪気はなくとも、玉蓮は必死に機会を待っていたのだと。
しかし秀麗の声はからかっているのでもなく、責めているのでもなく、心の底から心配するものだった。
御史台へ来た最初から秀麗を利用していたのに、いつも彼女は玉蓮を心配していた。
阿片事件の時も北の医倉へも追いかけて。
今でも、玉蓮の薄情さに薄々気がつきながらも心配していた。
裏切ったのは、否、最初から裏切っていたのは玉蓮の方だった。
ごめんなさいと、
心底、そう思う。
「私が……皇毅様を害する存在だったら……秀麗様はどうされますか?」
最初からそうだった。
最後も、やっぱりそうだったとしたら。
秀麗は瞳を深く閉じた。
ようやく、ようやく玉蓮が真実の欠片を話してくれた。本当に小さな断片でしかないけれど。
怖い事を言われたが、秀麗は動じなかった。
瞳を開き真っ直ぐ見据える。
「葵長官は、正直、ある日突然後ろからグッサリ刺されてお亡くなりになりそうだなって思っていたのは、……ここだけの話ですが、……その後ろからグッサリ刺す人が玉蓮さんでないことを願っています」
そんなこと私がさせません、そうは言わなかった。
それが、秀麗の決断だった。
「先日コウガ楼に入った際、妓女から御史台の話を聞きました。博打で取引される不老不死の薬というものが何なのか知りたくて、そして、皇毅様にも会えるかもしれないと……」
秀麗様、一つお願いがありますと最後に頭を下げた。
「私が罪を犯したなら、その時は容赦しないでください」
止められなかったのが、有り難かった。
でも、もし道を外してしまった時は、秀麗にお願いしたい。
「わかりました」
返ってきた言葉は秀麗が官吏として厳しく発するものだった。
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