最愛の人


陽が落ちてから花を愛でる者などいない。ましてや冬の寒昊の下。
すっかり静かになった池の畔の様子を眺める。

「早く言え、足許に置いてある行火がすっかり冷たくなっているだろうに」

皇毅の冷え切った言葉で更に場が冷えてゆく。
しかし、行火の心配までしてくれる性根は優しい幼馴染みに悠舜の瞳はほんのり細まった。

寒いけれど、少し遠回りして話してみよう。

「そういえば、貴方がまた新たな佳人を得たようで安心しました」

「佳人、……?」

昔の話は何処行ったんだと、鉄壁の無表情を守る皇毅の薄い反応に当の悠舜が眉を下げた。

「栗のお菓子をくれて自慢したでしょう」

「…そんな事もあったか」

あったような、無かったような……。
そしてあれは栗のお菓子ではなく大蒜団子だったような。
悠舜の次の言葉を待ちながら、最悪の場合の対処を思案しだしていた。そんな情の薄い自分を顧みる事はしない。

「飛燕姫の事でからかうとカンカンになっていたのに、今回は随分とうっすらしていますね」

「うっすらとは何だ。何故、そこで飛燕が出てくる」

無表情だった皇毅の顔色が変わる。
反応したのは栗のお菓子の佳人ではなく、やはり飛燕姫の名にだった。

「貴方の『最愛の人』は変わらないのですか」

「………」

懐かしい名を聞けたのに無性に苛々する。
飛燕姫の名を軽々しく口にして、傷をえぐるような言葉をあびせ一体なんのつもりだろうか。

「これは私の単なる憶測なのですが」

皇毅の苛立ちをよそに悠舜はゆったりと瞬きをする。

「貴方が飛燕姫を縹家へ嫁がせるよう勧めた時、老家令や旺季様、飛燕姫にすら心の内を告げていない……違いますか」



澄んだ声色が蘇る


−−−−皇毅さん


お互い気が強くて、最悪な喧嘩もよくしたというのに蘇る情景は美しいものと決まっていた。

生きる力に満ちあふれた木々を潜り手綱を引いて先を走る彼女の姿は美しかった。

彼女の背を馬で追いながら思う。
彼女のためならば何でも出来る。


−−−お前の命だけは繋ぐ


「この寒昊の下で何故そんな事を思い出さねばならん」

「飛燕姫は蝗害の情報を得るために出された貴方の間諜であったと老家令から聞きました。実際皇毅もそうだと言っていましたね。でも、嘘っぱちに思えてなりません」

「根拠はなんだ」

「昔の話に戻りますが、私は公子争いの時から、御史台に…いえ、旺季様に不信感を抱いていました」





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