最初から嘘だった


「玉蓮さん……?」

聞こえるはずのない声に玉蓮が驚いて振り返ると、薄い外套を羽織った秀麗がそこに立っていた。
途端に玉蓮の心臓は早鐘を打ち出す。

人殺し、その言葉が秀麗の耳に入っていないか気になった。
ただ物珍しくて高楼へ登ってみましたと笑って言えばいいところなのに、不用意に吐き出した言葉に真っ青になってしまっていた。

秀麗はその様子に一度深く瞑目して、再び瞳を開いた。好奇心や短絡的に言葉の意味を尋ねたりはしない。
皇毅と玉蓮の間にあっただろう事に対し、痛哭しているのは秀麗も同じだった。
しかしその瞳は「人殺し」と吐いたその意味を探っている。

嵐の夜に馬車から落とした事に対してだろうか、しかし、馬車から飛び降りたのは玉蓮自身だった。
だとしたら、何を指しているのか。

「お、おはようございます秀麗様。素敵な眺望を拝みたい欲求に負けて登ってしまいました」

玉蓮は手に持っていた行火を秀麗に手渡した。
炭はそろそろ冷えてしまうだろうが、行火は幾分まだ温かかった。

行火を撫でながら秀麗も高楼から見える貴陽の街並みへ視線を落とした。

「冬になると、なんだか街も静かになってしまう気がして、早く春が来ないかなって毎回思うんです。冬は冬でいいところも沢山あるのに。昔は風邪引いた思い出ばっかりだからかしらね」

「確かに冬の寒さが厳しければ凍死する者が多いです。けれど、悪い事ばかりでもありません。冬の寒さが厳しければ厳しいほど、夏に疫病が流行る事が少ないのですよ」

「ふふふ、やっぱり玉蓮さんは医女ですね。自分の気持ちよりもみんなの健康を願っているもの」

心からそう思っているとわかる。
秀麗が素直に感心してくれていると伝わり、その気持ちが嬉しく、なにより心を温かくした。

玉蓮は故郷の村から養い親に引き取られてからずっと一人で偏屈な道を歩んできた。
でも、もうそろそろ限界なのかもしれない。

皇毅が冷たい手をとってくれた時から、人の温もりを感じてから、箍が外れてしまった。

「同じ願いをもって国の官吏様になられた秀麗さまには到底及びもしないです。私の父も、官吏を目指しておりましたから。お父様のお心と同じものを持つ秀麗様のお側に仕えられた事、生涯の誉れです」

何度も言われたその言葉に嘘は見あたらない。
けれど秀麗は『誉れ』その言葉を思い返してみた。

同じことを言われた。

貴妃を辞して後、後宮ではそれほど交流がなかった玉蓮が急に御史台へ現れて秀麗専属の医女官になると申し出た時。

特別具合が悪いならば合点がいかなくもないが、特に医女官をつけなければならない理由もなかったのに玉蓮は急に現れた。
その時、感じたはずだった違和感が今頃になって不可解なことだったと確信する。

医女官の玉蓮と葵長官の室へ挨拶へ行った時、玉蓮は大官である官吏の手を勝手に掴んだ。

(私でなく……葵長官に近づきたかった?)

一つの結論に、全てがひっくり返った気がした。

その後、玉蓮が皇毅の妻になったと。
そして身分が足りないからと棄てられたと、全て玉蓮の口から聞かされた事を信じていたが。

何か他に理由があって排除された。

陸清雅も、凌晏樹も、秀麗に警鐘を鳴らし二人に関わるなと暗に牽制している。

くだらないただの痴情のもつれだから関わるなと、無慈悲な考えだけでないならば。

(玉蓮さんも、私に嘘を吐いている)

「…………」

急に玉蓮が遠い存在に感じた。
手を差し伸べたいと、力になりたいと思っているのに、利用されただけだったのかもしれない。






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