皇毅と医女


「こんな変なもので納得するのもおかしな話だが、間違いなく彼女だと思っただろう。用が済んだのなら退室しろ」

畳みかけると秀麗は納得して帰るかと思いきや、まだ饅頭を観察していた。
しつこいちんくしゃだと皇毅は椅子の背もたれに背を寄せる。

「このお饅頭、穴だらけなのですが」

皇毅は長い指を饅頭に突きつけた。

「毒が入っていないか確認したに決まっている。そんな事も分からんでよく官吏やってるな」

穴だらけ饅頭に悲しくなり秀麗は一人瞑目した。
毒殺されないように銀の箸で饅頭をぶすぶす突き刺している皇毅の姿まで脳裏をよぎる。
しかもこんな無惨な穴だらけになるまでしつこく確認しているってどういう事だ。

(玉蓮さん、全然信用されてないってことね……)

そんな人の元へ何故戻ったのだろうと謎も深まる。
暗殺しに戻ったのかと鎌を掛けた時、皇毅の双眸がほんの少しでも鋭くなったなら糸口が掴めたかもしれないが、口先で笑われ終わってしまった。

真相に届かない。
玉蓮が戻った理由を皇毅が隠そうとしているのなら、容易に届くところにはないのだろう。

「玉蓮さんが長官をどう思っているのかなんて、私が首を突っ込む話ではないのは分かっています。けれど長官は玉蓮さんをどう思っているのか、それを教えてくだされば私、この件からスッパリ手を引きます」

「なんだそんなことか。私は彼女を愛している」

「え、」


愛している……


妙な間をあけた後、口をあんぐり開けた秀麗の顔を心底阿呆面だと眺めた皇毅は紅くも蒼くもならず相変わらず無表情だった。
しかし、とんでもなく恥ずかしい言葉に秀麗の顔が紅く染まってしまった。

仕事の為なら見知らぬ男とも寝ろと命じていたにも関わらず、戯言でこの動揺。
純粋ぶる女はこれだから仕事には使えんと皇毅は半ばうんざりした。

「なんだ紅秀麗。まさか彼女に嫉妬しているのか。紅姓なんぞ面倒くさい家の者誰が娶るのだろうな。頭冷やして一昨日来い」

秀麗は瞳に涙を浮かべて見せた。

「仲直りしてくださったのですね。よかった……」

「何?」

「長官が玉蓮さんを思っていてくれて、本当に嬉しいです。玉蓮さんはきっと長官にとって宝物になるはず」

そう言うと秀麗は皇毅の弁当へ勝手に手を突っ込んで饅頭を掴んで取り出した。
具の薬草がぼろり、と床に落ちる。

「復縁のお祝いに、薬草饅頭をご相伴させてください」

泣くそぶりをしていた秀麗の顔はいつの間にか御史の顔に戻っていた。

「愛している」という話、簡単には信じていません、そう無言で語りかけている。
その表情に皇毅はほくそ笑んだ。
わざと紅くなって見せたのなら有能、紅秀麗はやはり碁石として使える。虚仮にした紅姓も碁石としては秀逸だ。

一手で化ける駒を手にした己自身を祝う気持ちで皇毅も中身がはみ出る饅頭を手にした。

「よかろう。我が佳人との愛情が絹のごとく長く続くよう願う」

「玉蓮さんと長官が末永く幸せに暮らせますように」

酒ではなく饅頭を酌み交わすように口に入れた皇毅の身体がぴたり、と停止した。
秀麗は薬草饅頭の味にも顔色一つ変える事なくもぐもぐと咀嚼しつつ皇毅の様子を瞳カッ開いて凝視した。

皇毅は腰帯に引っかけてあった手巾を取り出し口許へ持っていく。そして心中で叫んだ。


−−−−−食えたものじゃない!!!


しかし饅頭を吐き出そうとしたところで、秀麗が胡乱の眼差しで凝視している事に気がついた。

「まさか長官は愛している玉蓮さんのお手菜を食べた事ないのですか?薬草饅頭は玉蓮さんの愛情たっぷりのお饅頭ですけど」

もぐもぐもぐ

わざとらしく口を動かしてもう一口かじる。
ここで吐き出せば秀麗に追跡の名目を与えてしまう。

皇毅は根性で口の中に入れてしまった饅頭を飲み込んだ。
しかし飲み込んだと同時に大机案に肘を落として項垂れる。

「気が済んだのなら失せろ…」

「はい」

二人の関係がどのようなものなのか、結局秀麗には分からなかった。しかし手を引くといってしまった手前もう黙っているしかない。
今出来る事は、饅頭に撃沈された皇毅の姿をしっかりと目に焼き付けておくことぐらいだった。




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