得難い存在
「私が勤めていた部署ですか?」
「官位は低いながら、内院を敵に回すと殺される。しかも、医官全員がグルになれば揃って誤診をかますときたからこれはまた厄介だ。お前とて医術を笠に着て私を害そうとしたことがあっただろう。なので私は信頼出来る専属の侍医を抱えている。しかし、今回侍医は丸薬に調合される水銀は毒を中和する薬剤が入っているのでなんら問題はないと判断していた。お前はどう思う」
「水銀の毒を打ち消す薬剤などありません。嘘っぱちです」
「そうか」
皇毅は短く答えて何か考えているようだった。
その顔は無表情だか、どことなく悲しげな溜息を吐く姿に玉蓮まで悲しくなった。
「何事にも揺らがず、心から信頼出来る侍医を得るのは難しいものだ」
「ならば、わたしが、……」
私が貴方の医女になります。
けれどきっともう自分の事を信頼してはくれないのだろう。
言葉がしぼんでしまった。
皇毅はおそろしく遠回しにだが「迷惑ではない」と言ってくれたのに。
害する動機が山盛りの上に、一度命を狙った事も消せない。
そんな過去を悲観し言葉を濁したまま押し黙る様子を皇毅は静かに眺めていた。
「何か言い掛けたか?」
「い、いいえ……」
見つめられてか逆上せてきたのか、徐々に玉蓮の頬は紅く色づく。
そんな顔色を湯あたりしていると判断した皇毅が腕を掴んできた。
「きゃ、!」
「茹で河童になっているぞ」
玉蓮の眉が八の字に下がる。
服を着たまま立ち上がると、布が身体に貼り付いてしまう。何だか裸を見られているような気がして立ち上がれない……。
「後に上がりますから、どうぞお先に……」
「可愛げの微塵もない」
そう吐き捨てて皇毅は玉蓮の身体を無理矢理抱き上げた。
水を吸って重くなっている衣裳からぼたぼたと薬湯湯が滴り落ちてゆく。
「あ、……あの、皇毅様、」
盛大に悲鳴をあげて暴れるはずの玉蓮は抱き上げられた途端、借りてきた猫のように静かになって皇毅の肩にそっと手まで添えた。
皇毅の胸元に身を寄せると懐かしい気持ちで胸がいっぱいになってしまい、悲鳴を上げることも押し返す事も忘れて、ただぼんやりと過ぎてゆく石畳を眺める。
温和しく身を寄せている玉蓮の様子に皇毅も意外だと言いたげな眼差しをおくり、色々と浴びせるはずだった嫌味をしまった。
なんとも不思議な関係になってしまったものだ。
崩れてしまったはずの愛情は旧情として確かにお互いの胸に残っているのに縒りを戻すには至らない。
愛だの恋だのを軽くあしらえる皇毅ならばこの場の勢いに任せてしまえるはずなのに、湯殿を出ると静かに玉蓮を下ろした。
からかってやりたい気持ちにすら嫌悪感が湧いてくる。
抱き上げた時、心底知ってしまった。
旧情に免じて命は取りたくないと思う哀れみを遙かに凌駕したものを未だに抱えていることを。
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