食医として傍に


「間違いは、私が貴方の妻になれると勘違いしてしまったこと、それだけです。食医を降りるその日まで、私は皇毅様のお身体をお守りする為に尽くします」

「このまま何も詮索するな」

「え、?……」

もうじき、同じ事が起こる。
疫病の村を封鎖し火事を起こす。

その任を担ったのは過去にそれを経験している皇毅。
鉄を動かすのは晏樹。

玉蓮は疫病の村へ向かう皇毅の後を着いて来るかもしれない。
否、絶対に追ってくる。
どうしてそんな惨い事をする必要があるのか、幼い娘を抱えた父親を見捨てたのは誰だったか。

「私はそれを知りに戻ってきたのですよ……」

「食医でも何でもいい、この邸の中にいろ。私の考えなど詮索せず、この邸内にいれば護ってやれる」

今更身も蓋もない事を言われているが、玉蓮はようやく皇毅の本音を聞いたような気がした。
急な愛情を向けられた時よりもずっと、彼自身の本心を聞いている。そんな気がするのだ。

自分本意な愛情を向けてきた皇毅に対し違和感があった。それがようやく今晴れてきた。

この申し出は彼に出来る最大限の譲歩であり、我が儘な願いなのだろう。
何の解決にもなっていないが、それでも玉蓮は嬉しかった。

そんな時にもしきりに瞳をぱちぱちと瞬かせる癖を知っている皇毅は瞬く瞳に見つめられ「で、どうなんだ」と真顔で訊いた。

愚かな期待がほんの僅かな光りとして胸に灯ってしまった。

「皇毅様にはよっぽど後ろ暗い事がおありなのですね。分かりました。私が皇毅様の過去を知る機会を得られなければ、このまま食医としてお仕え致します。ちゃんと隠しておいてくださいね」

願いが聞きとどけられた様な、そうでないような中途半端な返事を貰ってしまった。

「食医として仕えるつもりか、」

いつまで、と云う言葉が遮られた。

「食医は妻でも母でもございませんからね。ちゃんとお給金頂きますからね」

早速お給金くださいと云わんばかりの掌を差し出された。
小生意気な頬を抓る素振りをすれば驚いて逃げる。

いつまで仕えてくれるのか、もう一度蒸し返すのはしつこいだろうか。そんな事を考える自分が頑是無い子供のようだと口を噤む。

「そうそう、今日は医女特製、薬湯風呂を作りますね。しっかり解毒してくださいませ」

「何?」

悪気無く提案しているが、どうせこの医女とんでもない湯を作成するに違いない。
一度入れば三日は身体に臭いが染み着く呪いの風呂に違いないだろう。

「そんな得体の知れぬものに入れるか。お前がまず入ってみせろ」

「私は解毒の必要はございません」

やっぱりとんでもない代物だ。
入ってたまるか、そう毒づいた時、なんとも懐かしい感覚に陥った。
玉蓮が居なくなったあの日から、ぽっかりと抜け落ちた温かみのある感覚。

取り戻したのに、またすぐに失ってしまうのだろうか。

疫病の村へ出立する事になるかもしれないことは、隠しておかねばならない。絶対に悟られてはならない。

皇毅は拳をきつく握りしめた。





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