食医として傍に


二人して暇を持て余すご隠居にでもなったかの様に、寝台の端に座りぽくぽくと暮れる夕陽を眺める。
こんな顛末になりさぞ怒り心頭なのだろう。玉蓮はチラリ、と皇毅の顔を見上げてみたが意外にも穏やかそうな表情をしていた。

その顔を眺めていたかったが、何か質問されては困るので前に向き直っておとなしくしている事にした。

寝殿から直線に延びる室には吊り灯籠がいくつもありもうすぐ家人が灯をいれに来るだろう。
二人でぼんやり座っていていいものか思案していると、横に座る皇毅が徐に腕を組んだ。

「美しいな」

皇毅が夕陽を見ているので玉蓮も同じ景色を見ながら頷いた。

「釣瓶落としの様ですね。もうじき邸の回廊に灯りが灯りますよ。私、その様子がとても好きです」

強い灯りではないけれど、ゆらゆらと揺れる炎は静かな呼吸と連動するようで心が落ち着いて癒される。
そして昇ってくる大きな月。

灯りと月だけの世界。暗闇は臆病な自分の姿も隠してくれるような気がして、漆黒が心地好く感じる。

「奇遇だな。私も灯が入れられる様が心地好い。夜は静かで仕事も捗るからな」

どこかの棺桶尚書のような事を言ってしまったが、六部の室には夜になると煌々とした灯りがつく。
対して御史台の灯りは常に最小限だった。

「私達、同じ景色が好きなのですね」

にっこり、と笑ってくれた気配だけを察し皇毅は瞑目する。

熱心に愛していると囁いていた時から、自分の醜い心を悟られたくはないと痛烈に思っていた。
晏樹に見透かされ、旺季も訝しげにしていたこと。

葵皇毅という男が本当に愛情だけで妻を娶るのだろうか、果たしてそれは正妻となるだけの待遇なのだろうか。

案の定、皇毅は玉蓮に戸籍を用意しなかった。
それはいざとなれば彼女を切り棄てる事が出来ると考えた養い親と何も違わない。
だから同じように邸から追い出して棄てる事が出来た。
貴族譜に出せる確かな『姓』を用意せず、正妻にする気はないのだと、もう彼女は悟っている。


再会した夜に玉蓮が訴えていた事が思い出された。

身分が足りずとも正妻にしてもらえずとも、たった一人の妻ならばそれでよかった。
最初から見透かされていたのに、何も気がつけていなかったのは皇毅だけだったのかもしれない。

「お前が私の傍に戻ってきたのは、知りたい事を突き止めたいからなのに、寝台で午寝したり私の足を揉んだり、随分と思わせぶりなことをしてくれる」

「それは、私は貴方の医女だからです」

玉蓮はしっかりと見つめ返してきた。

「最初から私は食医として雇われました。助けてくださったあの日から、その関係は何も変わらなかったのです」


−−−最初から間違っていたことはひとつだけ





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