三本の指に入る驚愕


御史台の長官室へは妓楼での博打にて捕縛された官吏達からの嘆願書が次々と持ち込まれていた。

こんな重箱の隅をつついたような罪状で牢に入れられるわけがない。
賄賂やら官当処分で有耶無耶になっていくことは明白だった。

御史台としては赤っ恥といえるくらいお粗末な顛末になってしまったが、万が一にも縹家が裏で関わっていないかを調べたという、その真の目的は朝廷に公にされる事はない。

皇毅の訴えは国王である紫劉輝には決して届かない。劉輝には到底汲めない。
縹家を刺激する事は避けなければならない理由など、国王には理解出来ないのだ。

だから御史台はその門を閉ざし、秘密裏に任務を遂行するだけだった。

山になって匣から転がり落ちそうになっている書翰を忌々しげに眺める皇毅は、徐に抽斗にしまってあった小匣を取り出した。

その中には黒い丸薬が二つ収まっていた。
口に運ぼうとしたその時に、不老不死の丸薬を手にした玉蓮の姿が脳裏に蘇る。

『水銀を食してはなりません!』

声が雷となって響いた。
そんなに躍起にならずとも、人はいずれ死ぬ。

そんな事を思い出したからか、自分の投げやりな気持ちにか、どちらともいえず気分を害した皇毅は無言で匣を閉じた。
どうでもいい書翰の後始末は急がずともいい気がして、気分を変えようと窓を開ける。

外から新鮮な空気が冷えた風となって室へ吹き込んできた。
目渡せば一夜で白銀の世界に様変わりしていた。

朝陽に照らされた雪が酷く眩しく感じて目を眇めると、外朝から続く道を作る為、たどたどしく雪かきをしている下っ端官吏が遠くに見えた。

皇毅はどんなに下っ端だった時も絶対雪かきなんかしなかったし、頼まれもしなかった事を思い出す。

(そういえば西偏殿は崩れていないだろうか)

何故そんな心配をしたのかよく分からなかったが、皇毅が住まう館屋は雪の重みで屋根瓦が落ちたり崩れたりするのだ。
今まで一度たりともそんな心配したことなかったのに、皇毅は外出する札を取るため窓辺から踵を返した。



−−−−−−−−−−−−−


雪かきが追いつかなくて軒が使えなかったにも関わらず、馬で帰邸した皇毅に家令が幽霊でも見たかのように固まっていた。
全然帰って来ない主が昨日に引き続き本日も帰ってきた仰天事変に「なにしに帰っていらしたのですか」と
出迎えにしてはあんまりな疑問を投げかけてしまった。

「この雪だ。西偏殿に異常はないか」

「何故そんな心配を……」

凰晄はそこまで口にしてようやく頭が回転した。
この男、まさか玉蓮の様子を見に帰ってきたのではないだろうか。

なので試しに報告してみた。

「雪では何の問題も発生しておりませんが、玉蓮が西偏殿でうろうろしておりました。当主の室でなにやらガサゴソと」

「そんな侵入者を何故放っておく!」

放っておけと言ったのは自分じゃないですか、と言いたげに胡乱の眼差しでそっぽを向く家令の処分は後に回して、皇毅は急いで西の対の屋へと向かう。

家捜しされて困るものは自室になどおいてはいない。
だが一体何をしているのか行動が読めないところが恐ろしいのだ。

皇毅はどうして自分がこんなに慌てているのか分からなかったが、室の扉を開けて何を恐れていたのか、漸く分かった。

奥の寝室に誰かいる。
寝台の上に倒れている……。

(まさか…)

傍にいくとそれは確かに玉蓮で、皇毅の寝台の上にうつ伏せで倒れていた。

(自害したか!?)

確認する為に手を伸ばすと、玉蓮の身体がぴくり、 と動いた。

「こうき、さま……」

むにゃむにゃ何やら呟きながら、そのまま自分でごろんと回転し、反対側の壁に頭をぶつけて痛かったのか今度は頭を抱えて丸まった。

皇毅はこの事態に放心した。
死んでいない。

(寝ている)

しかも人の布団で……

自分の行動にも、玉蓮の行動にも、皇毅は今まで生きてきた中で三本の指に入るくらい驚いた。





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