三本の指に入る驚愕


ふわり、ふわり、と白いものが暗い昊から舞い落ちる。
深々と冷えゆくコウガ楼の中庭に集められた罪人達から非難の声が上がりだした。

その様子を高楼の窓辺の策にもたれ掛かりながら、一人の男が眺めていた。
降り出した雪を見ているような、思わぬ場所で罪人にされてしまった官吏達の顛末を見ているような、どちらともとれぬ穏やかな顔つきだった。

先ほどまで騒ぎの中心で目立っていた秀麗が男の目に留まった。
しかし、傍にぴったりと護衛するような出で立ちで付いている静蘭の姿も同時に視界に入り、面白くないとでも言いたげに少しだけ瞳を細める。

そのまま振り返ればコウガ楼の筆頭妓女である胡蝶が杯を傾けてきた。

「秀麗ちゃんが気になるんですの?」

胡蝶の問いかけにほんの僅か微笑んで「違うよ」と答えてやった。
気になるのは秀麗がどこまで知っているのか、何も知らなければいいのに。

「あのお姫様は私の手には負えないよ。主上の奥さんにでもなればいいんじゃないかな」

「あら、それはまた随分と夢のあることを」

「そうだね」

妃嬪になってしまえば、傀儡の権力を得る代わりに自らがもつ本当の力をそぎ落とし、夢の中に葬りされる。

彩雲国朝廷は未だかつて垂簾の政を許した事はない。
前例がないのだからこれからもないのだろう。

厳粛な朝廷を望んでいるわけではないけれど、『あの人』を王にしたい。

『あの人』が決定的に違う。
暇つぶしにしては随分と骨が折れる。

杯を傾けると花の香りがした。
春はまだまだ遠いと雪に感じればなんだか待ち遠しいような、でも安心したような不思議な感覚になる。

「胡蝶が用意してくれるものはお酒まで甘いね」

「この時期には果物はあまりお出しできませんので」

微笑む彼女の顔は出会った時のまま可愛らしく屈託がない。
恩人だと思われているのかもしれない。
同じように微笑んでいた女達を殺めてきたけれど、胡蝶を殺す理由は別段見あたらなかった。

「コウガ楼に御史台を入れてくれてありがとう。大切なお客様もいたろうに」

「いえ、変な薬が景品みたいでしたし、此処に迷惑がかからないうちに取り締まって下さって助かりましたよ」

「それがねぇ、一番捕まえて欲しかった罪人に限って取り逃がしたっぽいんだよねぇ……いないんだよあの中に」

胡蝶は驚いたように瞳を瞬かせた。
そんな重大な事を漏らしていいのだろうかと心配になってしまうではないか。

そんな胡蝶の驚き顔ついでに愚痴ってやりたくなる。

(皇毅がねぇ……連れて帰っちゃったんだ)

そう喉まで出掛かったが、流石に言うわけにはいかないので変わりに幼なじみとしての愚痴を言ってやった。

「今の御史大夫って案外抜けてるんだよ。おまけにムッツリだし」

「ど……どういう意味のむっつりですの」

「言葉のままだよ」

晏樹は盛大に溜息を吐いた。




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