違和感の行方


東の対の屋と呼ばれる東偏殿に並ぶ侍女達の室には所々まだ明かりが灯っていた。
眩しいくらいの煌びやかな光と管楽や騒がしい声が渦巻くコウガ楼とはまるで違う。

安心できる静けさと懐かしさを感じた途端玉蓮の膝は急に力を失い使い物にならなくなったようにカクリ、と折れた。

草むらで座り込んでしまった玉蓮に侍女二人は仰天する。

「ちょっと姫様、何やってるんですか立ってください」

「ご、ごめんなさい……なんだか…気が抜けてしまって…」

ぼんやりする玉蓮の目からは大粒の涙が溢れ出していた。
自分でも何で泣いているのかよく分からなかったが、困ったような顔をする侍女達の顔に愈愈涙が止まらなくなっている。

「姫様、何こんな所で無駄涙流しているんです!さっきまで当主様がいたじゃありませんか!デキル女はそこで泣くんですよ、泣く場面ズレてます!その涙腺はポンコツですか!?」

叱咤する侍女の話にもう一人が首を横にふった。

「いやいや、姫様の前で堂々と『私の正妻は旺季殿の推す者のみ〜』とか、もし私が姫様だったら阿呆らしくて笑うけどね。笑うとこだったでしょ」

「しーーーーー!!!!バカ。あんたは口がポンコツなのよ」

ごちゃごちゃ言いながら侍女達は膝の立たない玉蓮を無理矢理引きずって室の中へと押し込んだ。

室内にはもう二人侍女が身体を寄せ合っていた。
そして身体は小枝まみれ頭には蜘蛛の巣、顔は涙でくしゃくしゃの玉蓮を見て悲壮感溢れる表情で迎えてくれた。

「えーーー!姫様、何したらそうなるんですか」

「豪華なお衣裳が台無し!やや、破れてる……これ金糸だから王宮の職人しか直せないんじゃないの……もったいない」

感動の再会よりも三の姫から貰った玉蓮の衣裳がこてんぱんに台無しになっている事にまず目が行ったようだ。
侍女の室は共同ではなく、一人ずつ室が与えられているがその分狭かった。
五人入るとぎゅうぎゅうで、寝台に二人、椅子に一人、後の二人は床に座るしかない。

そんな状態でとりあえず玉蓮は一番上座っぽい椅子に座らせてもらった。

手巾を渡されポンコツと言われた涙を拭いてから一生懸命笑顔を作った。

「お久しぶりです。最近化粧水買いに来てくださらないから心配しておりました。お元気そうで良かった」

「…………申し訳ございません」

追い出された方に心配されてしまったと侍女達は俯いた。
結局侍女達は玉蓮の力にはなれなかった。
化粧水も買いに行きたかったし、話もしたかったが、侍女達も凰晄と同じだった。

皇毅が動かなければ手を出せない。
差し伸べるだけの力も度胸もなかった。

惻隠の情を持って玉蓮を救った者は侍女達が噂に聞くだけの女性官吏、紅秀麗しかいなかった。

だからもう一度言う。

「姫様、本当に申し訳ございませんでした」

口先だけの謝罪に聞こえてしまうだろうが、実際そうなのかもしれないが言わないよりもいい。
自分の気持ちを楽にする為に言っているだけかもしれないが、それでも言わないよりはいい。

「私達、当主様が姫様を連れ帰ってくださったんだと思って、お迎えしようとしていたんですが、……その、なんだか様子が変で……それで」

急いで藪の中に……。

侍女の変という言葉で、何か思い出したように玉蓮は口をへの字に曲げた。

「貴女達も藪の中から皇毅様の言葉を聞きました?変なこと仰っていると思いませんでしたか?」

玉蓮の言葉に侍女達は何か酸っぱいものでも口にいれたような顔になり仰け反った。

「……ここだけの話ですが……そりゃあもう、変でした」

あんなに愛し合っていた元妻?の前で堂々と妻にする女の条件述べられる根性がどうかしていると思う。

「ですよね!皇毅様のご正室になれる方は旺季様が推薦してくださった人だけって……妙だわ……」

侍女の一人が寝台から落っこちた。
妙ではなく失望したの間違いではないのか。

「当主様も変だけど、姫様もズレてるわぁ…」

ふふふ、と侍女達は失笑してしまった。
こんな面白い事久しぶりだ。そう、玉蓮がいなくなって以来かもしれない。

葵邸に沈む重い泥がゆっくりと流れ出したような不思議な感覚になる。
玉蓮が戻ってきてくれたことによって、また変わってくれるのだろうか。





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