再会
その眼差しは医女のものだった。
神薬と唱われる丹薬に含まれる水銀は一時的な壮健を叶えるが、玉蓮はその力に危機的なものを感じていた。
貴重なその成分は、やがて阿片に勝るとも劣らぬ恐ろしい中毒症状をひき起こす。
未だ確たる証明はないのだか、絶対に身体にいれてはいけないものだ。
不老不死の丸薬に縹家の秘法が備わっていないならば、次に上がる成分はこれではないかと思っていたが、恐れていたとおりだった。
「水銀が含まれる丹薬は私の頭痛に効くので最近よく取り寄せていたが」
「え……な、なんですって」
皇毅の言葉に耳を疑った。
せっかく体調がよくなっていたというのに、そんな劇薬に頼っていたというのか。
「こんな、丸薬……使っていたのですか……駄目です、捨ててください、二度と口にしないでください!」
気が付けば玉蓮は皇毅の胸ぐらを掴む勢いで迫り訴えていた。
実際には胸ぐらなど高くて手が届かないのに、その剣幕に皇毅は愛した医女の心根を思い出した。
すぐにめそめそと泣く女々しさの裏に、強い信念としぶとさと持っている。
きっと生きる執念は皇毅に負けていないだろう。
たから、相当骨がおれることだろう−−−−−
「そんな事を言うために私のところへ舞い戻ったのか?お前には自由を与えてやったはずだ。私の元にいればいずれお前は…」
次の言葉が続かない。
皇毅だけの罪ならば、贖罪してやれたかもしれない。
けれどあの件には”旺季が絡んでいる”
認めるわけにも引くわけにもいかない。
「お前とてすっかり愛想を尽かしただろう。私がお前を正妻にする気が更々ないとバレてしまったからな。嫁いだとて妻は生涯実家の姓から逃れられない。身分不相応といったところだ」
正妻にする気がない
身分不相応
残酷な言葉で突き放そうとしていると同時に、それが本音だと開き直る。
狐の面の男が言った事は本当だった。でも、玉蓮は知っていた。
私、そんなこと分かっていたんですよ、と顔を上げる事は出来なかったが玉蓮は精一杯伝えた。
「身分が足りず正妻にしていただけなくても、たった一人の妻ならば、私はそれでよかったんです。お子が嫡子を頂けずとも、皇毅様が守ってくだされば…それで、よかった」
終わってしまった事を懸命に伝えている自分が滑稽だった。
進むしかない。その先に幸せなどなく真っ暗闇だとしても、周りに迷惑なけながら頑是無い気持ちだけで此処まできたのだ。何も得られぬまま引き返せるはずもない。
「皇毅様……あの嵐の夜、邸に来た狐の面を被った男が御史台の記録に私の村の事が書いてある、それを調べれば御史台を告発出来ると教えてくれました」
旺邸の姫君、飛燕の日誌にも書いてあった。
『王命が下り疫病で苦しむ村を封鎖した。お父様はきっと村を焼くだろう』
皇毅が御史大夫に上がったのはほんの四年ほど前のこと、だから狐の面の男が指す御史台とは前御史大夫の時代なのだろう。
玉蓮が追うのは現御史大夫の皇毅ではなく、その後ろにいる前御史大夫なのかもしれない。
「教えてください。御史台は私の村に何をしたのですか」
「狐の面の男は何も教えてくれなかったろう。私もそう易々と知っている事を教えてやるほど優しい男ではない」
知りたいならば自分で調べろ。
しかし、狐の面の男が用意してくれた椅子を玉蓮は自ら蹴ってしまった。
御史台の書庫へ入室できる機会は無いに等しかった。
「真相を知れば、お前は紅秀麗というどこまでも甘いお人好しを手駒に御史台を告発する事も出来よう。それを承知で教えてもらえるとでも思ったか」
「私は皇毅様から自由を頂いて、新しい夢を見ることが出来ました。どこかで小さな薬房を開いて、医女として暮らしてゆく事です。真相を知ることが出来ましたら、私は今度こそ皇毅様の前から消えます」
忘れて、きっと先に進んでいける。
故郷の村に帰って、もう何もないかもしれないけれど、そこで暮らしていければそれでいい。
「お願いします」
叩頭すると再び沈黙が降りた。
皇毅の胸は焼けるように締め付けられた。
どうして戻ってきた。見逃してやろうと思っていたのに。
それが、なけなしの愛情だったのに……
真相を知れば告発する可能性がある者を生かしておけはしない
旺季のこととなれば尚更
相当骨がおれることだろう−−−−−
愛する者の命を奪うは、相当骨がおれることだろう−−−−−−
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