旧情にすがる


『不老不死の丸薬』を景品棚から貰い受けた玉蓮は匣に刻印されている縹家の紋などそっちのけで蓋を開けてみた。

中には赤い布に収まる二つの黒くて大きな丸薬が入っていた。
きっとこの二粒で家が建つくらいの値打ちなのだろうが、やはり値打ちなどそっちのけで玉蓮は一粒手にとってみる。

清雅がいなくなっているその隙にこの丸薬の正体を突き止めなければならないのだ。
しかし早速かじってみようとしたのに、博打の相手をした官吏の男がまた邪魔をしてきた。

「か、賭には負けたが、君を諦めたわけではない」

「………私のことはもうお忘れください」

ぷい、と背を向けて今度こそ不老不死の丸薬を一口かじったその時、目の前の扉が蹴破られる勢いで開いた。

「御史台!?」

室の誰かがそう叫ぶと、中にいた官吏達は、賭博なんてみみっちい罪で検挙されてなるものかと反対側の扉へ錯綜しだした。

博打の罪など賄賂や官当でなんとかなるが、今の御史台には昔と違って力があった。
それを象徴するように慌てふためいた官吏達が扉から逃げ出してゆく。

「う、動いては駄目……私は官吏じゃない……その場に居合わせただけの妓女……大丈夫」

不老不死の丸薬が入っていた匣だけを床に捨て、丸薬はしっかり袂にしまう。
突入してきた武官達は逃げまどう官吏達を追いかけてゆくが、室にぽつん、と佇む玉蓮の前にもやってきた。

「お前はなんだ」

「わ、私はコウガ楼の妓女です……関係ございません」

きっとこれで大丈夫。捕まる訳ないと震える玉蓮の目の前に縄が打たれた。

「先ほど景品をくすねたところを目撃した者がいる。お前も御史台で取り調べることになるだろう」

「……そ、そんな…」

「それにお前はコウガ楼の妓女などではないな」

その一言を聞いた玉蓮は弾かれたように武官に背を向け走り出した。
背中に小刀でも飛んできたらどうしようと怖くて仕方なかったが、とにかく官吏達と同じように扉から外へと走り出た。

コウガ楼の妓女が使えなくなってしまっては、後に残る者は逃げ出した元女官の玉蓮だけ。
捕縛され調べられたら終わりだ。

その前になんとしても皇毅に会わなければ。
この窮地をひっくり返せるのは最早彼だけ。

会えばきっと思い出してくれる。
会えばきっと。

玉蓮は懸命に走った。
清雅はその瞳の奥に沈む暗いものを見抜いていたが、今懸命に走る玉蓮の気持ちは痛々しいほど純粋だった。

走りながら大切にしてきたものがポロポロと落ちてゆく。
賭博をしてはいけないと身を案じた師匠の心や、医術を復讐や自分の利益に利用しないと誓った自分の心がポロポロと落ちていた。
しかし、今の玉蓮にはそれが分からなかった。

それくらい純粋に皇毅に会いたいと、それだけだった。





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