官吏との再会


賭博場へ連れて行ってくれると気まぐれを言っていた妓女の室の前に立ち、一つ深呼吸して扉を叩く。

他愛ないお喋りを本気にしてやってきた玉蓮に、きっと呆れて迷惑顔をされるだろうが、この化粧水を手土産に頼み込むつもりだった。

どうしても行きたい  皇毅のいる場所に

しかし返事は返ってこず、まだ寝ているのかしらと肩を落として起きるまで待とうと一歩下がったところで中から甲高い女の声が聞こえてきた。

何と言っているのか分からないが、揉め事でも起こしていたら大変だともう一度扉に近づいてみると同時に扉が勢いよく開けられた。

「あ〜〜〜!玉蓮ねぇさん待ってたのよ!私やらかしちゃったみたい」

茶目っ気たっぷりの可愛らしい妓女は自分の言いたいことを説明もせずにぶちまけてきた。
表情からどうやら困っているようで色のついた親指の爪を交互にくるくる廻している。

「一体どうしたの?」

「扉開いたままだと怒られるから入って入って」

やはり説明なく室の中へ引っ張り込まれる。
室内は外の明かりを入れておらずまだ暗いが、上等な香の香りが漂っていた。

奥へ続く客間は紗で仕切られているが、奥には人の気配があった。玉蓮は途端に蒼くなる。

「ま、待って、まだ奥にお客さん……男の人がいるの!?」

気配しかないが、妓楼にいるのは妓女とお客に相違ない。そんなところへ引っ張り込まれてしまった。

「ごめんなさい…私、お客様がお帰りになってからまた来るわ」

即行で逃げ出そうとする玉蓮の袖に妓女が逃がすもんかとすがりつく。

「奥にいるのはお客じゃなくて御史台の官吏よ!私が玉蓮ねぇさんに賭博の事と御史台が入っているって言っちゃった事が何でかバレて、私ここに閉じこめられちゃったの!オマケにこの室で打ち合わせとかやってんのよっもういやぁぁ!!」

「え、…御史台が…ここにいるの…」

「そうなのよぉ!大旦那様は騒ぎが収まるまで協力してあげなさいとか何とか言っちゃって、官吏の味方するのよ。私の商売上がったりだわ」

玉蓮の胸は早鐘を打ちだした。
奥へ視線をやると何か話しているのか低い声が聞こえてくる。

「それで、私はどうすればいいの?」

「よく分かんないけど、『私が玉蓮です。賭博場には行きませんのでご安心ください。というわけでこの室からとっとと出てってください』とか言ってくれればいいなぁ」

言える訳ないと玉蓮はガクリ、と肩を落とした。
そういえばコウガ楼に訪れた時に、玉蓮に視線を向ける男がいたことを思い出した。
既にあの時から不審者として目をつけられていたのかもしれない。

御史台の邪魔をするとこうなると心底骨身に染みた妓女が諦めたように椅子に腰掛けた。
玉蓮が来てくれて安心したのか、眠そうな目をして欠伸をする。

一斉検挙の情報を漏らした妓女が悪いのだが、玉蓮にとって皇毅に遭遇する機会を与えてくれたのだ。申し訳ない気持ちと共に今は傍にいてあげたいと一緒になって横に腰掛け、ついでにいつも通り脈診しようと手を伸ばす。

すると、奥の紗が不作法に開いた。

玉蓮は声にならない悲鳴をあげて椅子から転げ落ちた。

「いつも妙なところから転がり出てくる女だな」

出てきた官吏は癖のように手首の腕輪を握りしめ、転がったまま絶句している玉蓮を見下ろした。

「待っててやったんだ有り難く思え。博打のお遊戯がしたくて来たんだろう?今度こそちゃんと捕まえてやるよ。お前が居るべき場所へ戻してやる」

どうしてこの人が此処にいるのか。
考えればすぐにわかる事なのに玉蓮の思考は完全に停止してしまった。
官吏は構わずに続ける。

「何処かは分かるな。あの方のところへだなんて思うなよ」


−−−−お前がいるべき牢屋の中へ戻してやる


そう言って清雅は薄い瞳を細めた。






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