危うい関係


湯浴みが長いので今夜はそのまま戻らないだろうと寝る準備をしていると、正殿の方から何やら物音がした。
視線だけ向けると、ガタガタ、とぎこちない音を立て玉蓮が入ってきた。

「髪を乾かすのに手間取りまして、大変お待たせ致しました。二番湯どうぞ」

声掛けを無視して皇毅は火鉢の金具を開けて炭を転がした。
別に待ってないし、二番湯ってなんだ。
急いで二番湯どうぞと言いに来た玉蓮は寝る準備に入っている皇毅の姿に困惑した。

「もしかして、皇毅様は……一番湯がよろしかったでしょうか」

「順番などどうでもいい」

明らかにどうでもよくなさそうだと玉蓮は皇毅よりも先に入ってしまった事を少し後悔した。
しかし皇毅の不機嫌は二番湯だけではない気がした。
先程、西偏殿から戻ってきた凰晄の機嫌が急降下していた事と何か関係あるのかもしれない。

「もうお休みになられますか?では……私は失礼いたします」

頭を下げると急いで結った髪の毛が一部解け、だらりと顔に落ちてきた。
皇毅はその姿を横目で眺める。

「冬は香りが少ない。生花が無い分、香を焚くしかないが、そういえば昨日は蜜柑の香りがしたな」

「蜜柑……?」

蜜柑の香り、そういえば昨日は高級な紅州蜜柑をお裾分けしてもらって食べたっけ。
蜜柑を食べていない皇毅はいつ蜜柑の香りを嗅いだのだろう。

玉蓮はハッとした。

「そうだ、……確かめるんだった!」

昨夜の恥ずかしい夢は、本当に夢だったのだろうか。
今思えば、かなり生々しかった。
しかし皇毅が簡単に口を割るようには思えない。

玉蓮は勇ましくキッと皇毅を睨みつける。
本人は勇ましいつもりだろうが横目で眺める皇毅には可愛らしく写り込んだ。

「私、今日も此処で座りまして夜伽させて頂きます」

「それはありがたいことだ」

口の端を上げ皇毅は寝台の中へと消えてしまった。
灯る蝋燭が一本だけ残っている。それを消した方がよいかどうか尋ねると返事は返って来なかった。

無視されたのか、寝てしまったのか分からないが、女に床で夜伽させて何とも思わないとは中々な根っから貴族だと心の中で悪態をついてから玉蓮も寝台の側に腰掛けた。

今日は月が出ていないのか、硝子窓からの光は無く、たった一本残った蝋燭の火だけが室に浮かんでいた。

(貴族でなくても、皇毅様はきっと大切な人を冷たい床に座らせたりはしいない。だからこれが私の現実……。きっと思い出を夢に見てしまったのね)

もう少し様子を見て、確かめたかった自分の気持ちが満足したら、この室を出ようと思い瞳を閉じた。
ずっと一緒にはいられない。けれど皇毅の側で少しずつ気持ちの整理をつけてゆける機会をくれたのだろう。

(恩情、ありがとうございます…)

するとフワリ、と重力を感じた。驚いて瞳を開けると身体が宙に浮いている。
そのまま寝台に寝かされ驚愕の表情でかたまっていると、皇毅が上から見下ろしていた。

「なんだ、今日はまだ寝てなかったか」

「は………?」

「床は寒いだろうから、此処で番をしていろ」

何事も無かったように皇毅は掛け布団を手繰り寄せ固まる玉蓮を置いて眸を閉じてしまった。
皇毅の優しさを知れて嬉しいけれど、これは一体。

「皇毅様、寝ないでください……あの、蜜柑の香りってなんですか、昨日私、蜜柑食べたんですけど蜜柑の香りってなんですか」

恥ずかしくて直接的な言葉で訊けないが身体を揺すると眸が開いた。
暗い寝台の中に沈む皇毅の姿、無機質だが不思議と心が鎮まる双眸に玉蓮の胸は締め付けられた。

強がる気持ちも限界だと涙する玉蓮を皇毅は優しく抱きしめた。

(もうじき終わる……それまで何も知るな)




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