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(「とある国の御伽話」の続きです)

俺は太陽の木漏れ日がさす森の中をひたすらに歩いていた。光溢れるこの森にやって来たのは、ある人物を訪ねるためである。


シンドリアでは今、ある噂が広まっていた。それは誰から始まったのか、今では俺にさえ止められないほどに噂は強大化していた。一つはその噂を確かめるためにこの森に踏み込んだ。もう一つの理由は、世界の異変との戦いにある程度区切りがついたから。


そうしてどれくらい歩いたのか、一つの小さな家を見つけた。もう日は沈んで、月が森を照らしていた。俺が戸を叩くと、中から女の返事がしたので戸を開ける。


「・・・・・・まあ、随分とめずらしいお客様ですこと」


女は俺を目に留めると、一瞬目を見開いた後に薄く笑った。そして俺を椅子に座らせると、飲物を出してくれた。飲物の暖かかさが身に染みてうまい。
暫く、沈黙が続いた後、俺は本題を切り出した。


「子供と一緒に王宮に移り住んでは、どうかな」


ずっと気掛かりだった。真っ直ぐに俺を見据えながら、子供を産んで育てると言い切った女性。その目には迷いなどなかったが、どれだけ大きな不安を抱えていたことだろう。あの日から俺の頭にはあの時の彼女の顔が消えずに残った。
彼女はあの日に比べて痩せた手を口にあてて、目を見開いた。しかしすぐにその瞳の色は濁っていった。


「嫌です。あなたのことですからたくさんの妻がいらっしゃるのでしょう?私は継承争いに巻き込まれるのなど御免ですから」


俺は真っ直ぐに彼女を見据えながら言った。


「妻はいない」


はっと彼女が勢い良く息を吸う音が聞こえた。と、同時に奥の部屋の戸が開いて、一人の少年が姿を現した。その少年は如何にも眠そうだが、俺の姿を目に留めると警戒心を含んだ目でこちらを睨んだ。濃紺の髪がさらりと揺れる。若かりし日の自分(今も若いが)と正に瓜二つのその少年。どうやら噂は本当であったらしい。シンドバッド王に瓜二つの少年が野獣や盗賊などから救ってくれた、と。


「母さんになんか用・・・・・・」


少年は対抗心剥き出しの目で俺を見る。俺はこれが俺の息子なのか、とやけにしみじみと少年を眺めた後、言った。


「君と君のお母様を迎えに来たんだ」
「・・・・・・」
「どうしますか、私の可愛い子。あなたの好きに選んでちょうだいな」


少年は少しの間俯いた後、何かを決心したかのように俺を真っ直ぐに見据えた。その瞳は母に似て、真を含んだ強いものだった。


「俺が勝ったら俺と母さんはここに残らせて貰う」
「いいだろう」


少年は俺に剣を渡すと、外に出るよう促した。俺はやれやれと後に続いたのであった。











































こうして私の息子は彼に負け、私たちは渋々愛しき森の住家を後にした。息子は七海の覇王にして、自分の父親でもある彼の強大な力を前に、いつか彼を追い抜くことを目標に掲げたようで、毎日彼から様々なことを学んでいる。そして、私はといえば、当初は彼を怨んだりなんだりしていたのだが、さて今はどうなのでしょう


御伽話は一旦の幕引きをみる
(私が彼を愛していたのかは、いまだにわからない。それでも彼と共にあった私は、確かに笑っていた)