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(不思議な踊り子のお話)




太陽が空の天頂に昇るころ、シンドリア国の王宮内ではちょっとした騒動が起きていた。まず真っ先に騒動の中心人物に詰め寄ったのは、王の忠実なる部下の一人、ジャーファルだった。


「シン!なんですかこの子は!」


ジャーファルはすさまじい剣幕で、騒動の中心である自身の主に向かって問いただした。それもそのはず、主シンドバッドの腕にはぴったりと踊り子衣装を纏った少女が張り付いているのだから。少女はまだ幼さの残った顔でジャーファルを見上げ、マリンブルーの目を瞬かせた。


「いや……昨日の記憶がないのだ」
「またかよ!」


シンドバッドの酒癖は最悪に悪い。それは目の前にいるジャーファルが一番良く知っていた。という訳で、この状態から考えられることは一つ。酔っぱらってどこかの踊り子を連れてきてしまったのだ。それで何をしたのかは敢えて問わないが……いや、聞きたくもない。


「さっさとその子をかえして来て下さい!」
「どこに?」
「知るか!」


ジャーファルはそう言い放つと、さっさとその場を後にしようとする。しかしそれはシンドバッドに呼び止められることによって出来なかった。


「なんですか」
「いないんだ」
「は?」
「だから、彼女がいないんだ」


ジャーファルは主の隣に目をやる。確かに、先ほどまでシンドバッドの隣に居たはずの少女がいなくなっていた。


彼女はどこへいった


ジャーファルの頭に真っ先に浮かんだのは、最悪の事態だった。


「彼女を手分けして探しますよ!彼女、どこかの密偵かもしれません!」


そうして駆け出したジャーファルは、長い廊下を延々と走った。どうして密偵の可能性があることを真っ先に考えなかったのだろう。あの純粋な瞳に騙されてしまった。


太陽も地平線に沈みかけるころ、ジャーファルはようやく少女を見つけた。しかし、その少女を前にしてジャーファルは思わず足を止め、息を殺してしまった。少女は踊っていたのだ。夕焼けの赤を全身に纏って、ひらひらと衣装を舞いあがらせながらひたすらに踊る姿は、ジャーファルの瞳に異なる至福の世界を見せた。なぜか少女から瞳を逸らすことができない。早く彼女をどうにかしなくては、と頭の片隅で思ってはいても、ジャーファルの足は床に完全に張り付いていた。













そうしてどれくらいの時が経ったのだろう。少女の踊りが永久にも一瞬にも感じられていたジャーファルには、それがわからなかった。


「ジャーファル、こんなところで何やってるんだ」


ジャーファルがようやく時を取り戻したのは、主に肩を叩かれてからだった。そしてジャーファルははっとして、思わず叫んでいた。


「あの子は!?」


ジャーファルの目の前にいたはずの少女の姿は、またもや忽然と消えていた。まだ廊下に射す夕日でそれほど時間が過ぎていない事に気付いた彼は、シンドバッドに問いただす。


「さっきまでそこにいたはずです!」
「いや、俺は誰も見なかったぞ」
「そんな……」


それから警備兵たちにその少女の捜索をさせたが、ついにその少女は見つからなかった。しかしジャーファルの胸には長い間、あの時の幻想的な風景が焼付いたままであった。






踊り子の夢
(くすくす)
(また会いましょう)