深夜、私は国王に呼ばれ、彼の寝室へと向かっていた。いつもなら、これから寝室で夜の仕事をするはめになるのだが、今日は違う。懐に隠し持った剣がやけに軽く感じられた。今日こそこの剣であの男を一突きに殺してやるんだ。
「おお、来たか。私の名前」 「ええ、陛下。最後のお別れに」
そう言って私は剣を憎き男に向けた。みるみる内に顔を青白くさせて、目を見開く王様。
「な、なぜだ!名前!」 「……」
私は魔法で父の姿、母の姿をそれぞれこの男に見せてやった。そうしてやっと私の正体に気づいたのか、全身を小刻みに震わせて叫んだ。
「ま、まさか!?まだ生き残りがいたとは……!」
私は口角を吊り上げて笑ってみせる。やっと追い詰めた。どんな苦渋を味わおうとも耐えてきたのは、この日のため。
「死ね!」 「やめろ!」
私が剣を振り下ろすのと、濃紺の髪の男が私の前に立ちふさがったのとは、ほぼ同時であった。その男の顔には見覚えがあった。今日、客人としてやってきたシンドバッドとかいう男。その男がなぜここにいるのか、と私は身体をわなわなと震わせた。復讐を遂げ損ねたことへの怒りの念がふつふつと胸に湧いてくる。
「なぜ私の復讐の邪魔をする!」 「復讐なんて意味のないことはやめなさい」 「貴様には関係ない!はなせ!」
シンドバッドは私の両腕を掴んで、私の動きを封じようとする。必死に暴れるが、ビクともしない。早くしないと、仕留め損ねてしまう。私の焦りと怒りが極限にまで達したとき、私の中に潜んでいたどす黒いなにかが姿を現した。それは這い出すように私の身体の中から抜け出すと、憎き男目掛けて飛んでいく。それを見た王は半狂乱になって、叫び出すと、何を思ったのか窓目掛けて走っていった。
「なんだあれは……!?」 「……呪いよ」 「なに……?」 「みんなの怨念だわ」
王はそのまま窓から転落して死んだ。最後の断末魔は凄まじいものだった。私はただそれを呆然と眺めていることしか出来なかった。結局、私は自らの手で奴を地獄に落とすことは叶わなかった。でもこれで私は生きる理由を失ったのだ。だから、私はこれでお終いにするの。全てのことを。
「これでもう終わり……」
私はふらりと立ち上がり、シンドバッドの手を振り払おうとするがなぜかなかなか離してくれない。
「なによ……離して」 「それは無理だ」 「いいから離しなさい!」
男の纏う空気が変わった。それはいままで何度も修羅場をくぐり抜けて来た私でさえも凍りつかせるような、恐ろしいほど強大ななにかを感じさせた。それだけでこの男が只者ではないことがわかったが、今はそんなことは関係ないはずだ。なにせ、私がどうなろうと、この男には関係ないのだから。
「死ぬなんて馬鹿なことを考えるな」 「……!」
私は瞳を見開く。なぜわかったのだろうか。
「そうだ、俺と来い!きっと毎日楽しいぞ!だから死ぬんじゃない」 「馬鹿じゃないの?離して」
意味がわからない。なぜあんたなんかに指図されなくちゃならないのよ。
「さよなら」
私は魔法を使って、その男の前から姿を消した。
復讐は成し遂げた (あとはもう地獄に落ちるだけ)
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