「シン!」
「起きて下さい!シン!」


聞き慣れた声に意識が浮上する。


「一体この様はなんですか!?」


目を開けると、ジャーファルとマスルールの姿。その足元には先程までともに酒を飲んでいた連中が転がっていた。その光景を目にした途端、一気に頭が覚醒する。


「聞いているのですかシン!私たちが駆け付けるのがあと少し遅れていたらあなたの命は無かったのですよ!」
「……どうしてここがわかった」
「あなたの目撃情報を辿って行ったらここに着きました。アラジン君が言っていたのですよ。今日のシェーラさんはおかしかったから追いかけた方がいいかもしれない、と」
「シェーラ・・・・・・!?」


俺は立ち上がると、声を張り上げた。そういえば彼女の姿がどこにもないではないか。


「ジャーファル、彼女を見なかったか?」
「あ、はい。そういえば見てませんね」


まさか・・・・・・


「でもシェーラさんなら大丈夫ですよ。またいつものように先に帰っちゃったんじゃないですか?」
「いや、胸騒ぎがする。手分けしてシェーラを捜すぞ!」

















ガタン  ゴトン


お尻が振動をまともに受けてじんじんと痛んだ。目を覚ましてみればこのざまだ。手と足には鉄の枷が繋がれていて、いつの間にか衣服はただの布切れへと変わっていた。今の状況なんか簡単に把握できる。そう・・・・・・


私は奴隷商人に捕まってしまったのだ


そして誰か見知らぬ人に買われる。ああ、頭が痛い。あれもこれもシンドバッドさんのせいだ。あんなにお酒を飲むから。
奴隷の人たちを運ぶ荷台の中は絶望という混沌の色一色だった。みんな目に光を宿していない。これからどうなってしまうのだろう、という不安な気持ちは私も同じだ。でも何か脱出方法を探さなくちゃ。このまま何もしないで大人しくするなんてことは、私の性分からして無理な話。


「・・・・・・」


まず、シンドリア王国は奴隷は禁じられているから、奴隷を売るのならば他国でなければならない。とすると、必ずどこかの港を通過しなければならないのは必至だ。そして港を通過する前には必ず税関を突破しなければならない。それより、奴隷商人はどうやって税関をくぐり抜ける気なのか。一番簡単なのが税関職員にグルがいることだが・・・・・・
などを悶々と考えていると、後方が騒がしくなって来た。奴隷商人たちが悲鳴をあげているのがわかる。それを聞いた奴隷の人たちはさらに怯えて身を寄せあった。


「シェーラーー!」


間違いない、シンドバッドさんの声だ。なんだ、もう酔いから覚めたのか、と少し感心する。


しばらくして、荷台の扉が開いた。そこにはジャーファルさんの姿と後方で戦っているシンドバッドさんとマスルールさんの姿が見えた。漫画でお馴染みの二人だからすぐにジャーファルさんとマスルールさんだってわかった。


「さあ、みなさん、僕が枷を外しますのでこちらへ」


荷台の中は歓喜の声で震えた。ありがとう、ありがとう、とみんな手を取り合って喜んでいる。私もさっそく腕と足の枷を外して貰い、荷台の外へと降りる。そして、そこで初めて自分が今いる場所を把握した。そこはまさに断崖絶壁。下を覗けば激しい濁流の河川。私は思わず身震いした。


「くそっ・・・・・・せっかくの売り物を捕られてたまるか!」


私は背後から迫る気配に気づくことなく、遠ざかってシンドバッドさんたちが戦っている様子を拝見していた。何せ生まれてこの方、このような命懸けの乱闘は初めてなので思わず見入ってしまう。だから急に視界にぬっと腕が飛び出して来て、口と身体を拘束されてもすぐに何が起こったのかわからなかった。


「シェーラさん!」


ジャーファルさんの叫び声で我に帰るが、喉元にあてられたナイフがやけに鋭く光っているのをただ眺めていることしか私には出来ない。


落ち着け 落ち着け


いろいろな映画や本から学んだことは、冷静さを失えば失うほど死期が早まるということ。私はゆっくりと深く深呼吸をした。


「おまえらが一歩でも動けばこの女の命はないからな!」


私を人質にとっている男が一歩、また一歩と後ろに下がり始めた。そしてーー・・・・・・


ガラッ


男が足を踏み外したのだと、神経を尖らせていた私にはすぐにわかった。男は冷静さを失って混乱していたのだ。ほら、やっぱり、冷静を失ったら死期が早まるんだ。でも、今回は冷静さを保っていた私も失敗。だって男と一緒になって私も谷底へ落ちていく。


(……私、死んじゃうのかしら)