シンドバッドさんに連れてこられた場所を目の前にして、私は呆然と立ち尽くしていた。そこは断崖絶壁に立つ一軒の宿屋。


「・・・・・・ここは?」
「君が前に教えてくれた、奴隷の密売場だよ。まあ・・・・・・ちょっとした散歩だよ」


えらいところに連れてこられてしまった。シンドバッドさんはさっそくもう宿屋の敷居を跨いでお店の中へ。私はそのあとをそろそろと追いかける。宿屋の中はたくさんの人が酒や食べ物を食しながらわいわいがやがややっていた。そんな中をシンドバッドさんはずんずん進む。それより、なんでみんな有名人のシンドバッドさんに気づかないんだろう。不思議だ。


(おい、あれシンドバッド王じゃねえか!なんでこんなところに)
(しっ!静かにおし!シンドバッド王は酒ぐせがかなり悪いと聞いてるよ。あたしに任せな)


そんな会話が裏で行われているとはつゆ知らず、シンドバッドさんは綺麗な女の人たちに早くも囲まれていた。きゃっきゃっと香水を身に纏った女たちはシンドバッドさんを酒の席へと誘う。


「おっとっと、離してくれないか。今日は酒を飲みに来たのではないのだよ」
「えーいいじゃない、色男さん。私たちと一緒に飲みましょう
「そうよ。そこのお連れさんも一緒にね」


しばらく、シンドバッドさんが沈黙した。しつこいから怒ってるのかな、なんて思ったが、実際は全然違った。


「じゃあ、少しだけ」
「きゃーやったー」
「ほらっそこのあなたもこっちにいらっしゃっい」


そうして、私はシンドバッドさんの向かいの席に座らされた。シンドバッドさんは美女に囲まれて、なんだか嬉しそう。私はそれを見て飽きれ顔をするほかなかった。シンドバッドさんの酒ぐせの悪さは漫画を読んで大体わかっている。もうどうなっても私は知らない。私は一人で宮殿に帰るだけだ。ちなみに私は両親ともに酒豪なので、ちょっとぐらいのお酒の量はへっちゃらだ、と思う。


「はっはっはっ!」


そうして小一時間が経過した。シンドバッドさんの予想通りの酔い潰れように、苦笑するほかない。ダメだこりゃ。


「あなた本当にお酒が強いのね」
「まあ、はい。……あの、お手洗いを借りてもいいですか」
「ええどうぞ。そこの角を曲がって突き当たりにあるわ」


酒は強いが、飲むとすぐにトイレに行きたくなるのが面倒である。トイレを済ませて、もと来た道を戻ろうとした時、隣の部屋のドアがわずかに開いていることに気づいた。それをなんとなしに閉めようとした時、その部屋の中からした人のうめき声のような声を聞いてしまった。身体がびくりと震える。


『ここは奴隷の密売場』


というシンドバッドさんの言葉を思い出して顔が青くなる。


早くシンドバッドさんに知らせないと!


「・・・・・・そうはさせないよ」


私が踵を返そうとしたとき、向かい側に一人のおばさんが立っていた。そのおばさんの目が冷たく光ったのを最後に私の視界は暗闇に閉ざされてしまった。


(何が起こったのでしょうか)