シンドバッドがジャーファルの説教を食らっているころ、亜子も修羅場を迎えていた。














「どうしてあなたがあの方の部屋からで、出てくるの!?」


どこかからそう叫ぶ甲高い声が聞こえてきたかと思えば、いつの間にか目の前にいたのはあの煌帝国のお姫様、紅玉ちゃん。


「ま、まさかあなた!あの方とそ、そういう関係!?」


そういう関係とはいったいどういう関係だろうか。紅玉ちゃんはかなり混乱しているのか、顔を真っ赤にして身を震わせている。


「お、落ち着いて下さい……ね?なにか勘違いしてますよ?」
「いいえ!夜中にあの方の部屋から出てきたのよ!間違いないわ!」


いったい何が間違いないのだろう。それはさて置き、今は夜中ではない。紅玉ちゃんは相当混乱しているようだ。


「そ、その顔!お、覚えておきますからね!」


そういって紅玉ちゃんは走り去っていった。なんだかめんどくさいことになってしまったかもしれない。それにしても紅玉ちゃんはいったいこんなところで何をしていたのだろう。私は頭の隅に、ある一つの言葉を思い浮かべていたのだが、それは紅玉ちゃんに失礼なので消し去ったのだった。









その夜、また私は夢を見た。


「はあい!久しぶりね亜子!」


シェーラさんはこの前の続きを聞きにきたの!と言って微笑んだ。


「あ、はい!お願いがあります!」
「何かしら?」
「私に魔法や剣術を教えて下さい!」


シェーラさんは一拍後、目を見開いた。


「いいけれど……剣術ならシャルルカンに教えてもらえばいいじゃない」
「それは無理です。私は昼間は仕事がありますので……」
「嫌だわ……なんて真面目なの……この子本当に"私"なのかしら」


シェーラさんはため息を一つ吐くと、苦笑した。


「でも強情なところは私と一緒ね。いいけれどその代わり、常にレム睡眠なわけだから寝た気がしなくなるわよ?」
「構いません!」


こうして、私は夜になると夢の中で彼女と修行をするようになった。彼女の魔法は主に風を操るものだった。
幸い、タイミングがいいのか悪いのかは知らないが、シンドバッドさんがついにジャーファルさんに夜な夜な飲みに行っていたことがバレたらしく、それに加えて紅玉ちゃんとの一件のこともあったので暫くの間禁酒を食らっていた。そのため、私が夜にシンドバッドさんたちに連れ出されるということはなくなった。










そんなある日、私はシンドバッドさんにこんなことを言われた。


「どうだい亜子、そろそろこの世界に慣れてきたことだし、魔法やあるいは剣術を習ってみてはどうだい?」


正直、最初はシンドバッドさんが何を言っているのかわからなかった。だって、戦闘能力がなくても王宮にいられると私に教えてくれたのは、シンドバッドさんだったから。けれどうすうす感づいてもいた。シンドバッドさんがこれから先本当に求めていくものは「世界の異変」に立ち向かうための力だってこと。私が王宮を出て行こうとしたときの言葉は、ただ私を引き留めておくための口実であったことも。


「いえ、遠慮しておきます」
「……どうしてだい?」
「どうしてもです。では、失礼します」


なぜか、私は悲しい気持ちに捕らわれて、いつの間にかその話を断わっていた。シンドバッドさんの視線を背中に感じながら、私は仕事へと戻って行った。













「……誰が『強くなりたいと願っている』ですって?」


その場にいたジャーファルはシンドバッドに向かって問うた。


「うむ、おかしいな……」
「……はあ」


首を傾げる主君に、ジャーファルは盛大なため息をついたのであった。