こうして女は王宮にいる理由を男から授かった。














ジャーファルさんの元での雑務は思いの外大変だった。それでも、雑務をしている間は安心できた。自分の居場所はここなのだということを実感できる。だから身を粉にして働いた。
そうして働いているうちにある噂が立つようになった。


(あの子はシェーラさんじゃないらしいわよ)
(シェーラ様のふりして王様に近づいたのだって)
(許せないわ。大した実力もないくせにジャーファル様の元で働いているなんて)


原因は私の性格にあった。どうやらシェーラさんと私の性格は全く違うらしい。度々シンドバッドさん等に比較はされていたけれど、噂になるくらいだから、彼女との性格の差は相当なものなのだろう。それに加えて、私は普段は"シェーラ"と呼ばれている。ジャーファルさんの助言で、みんなに私のことを説明すると混乱するということで、シェーラさんのまま雑務に取り組んでいた。そういう訳だから、噂は噂を呼んだ、というわけである。
最初のうちは全く問題にしていなかったこの噂も、だんだんと私の周りに影響を及ぼすようになっていった。私と共にジャーファルさんの元で働いている人たちは、みんなそれなりの努力をしてここまで昇りつめてきた人たちばかりだったから、いつの間にか、彼らは私を妬むようになっていた。私に聞こえるように噂する彼らの言葉に、私の心は暗がりを広げていた。


そんなある日、夢を見た


私と同じ髪と瞳の色の女の人が目の前にいる。その顔は自信に満ち溢れていて、私に向かって微笑んでいる。私は即座に彼女が何者であるかを理解した。


「シェーラさ……ん?」
「そうよ。初めまして亜子ちゃん!」


本当に私と同じ顔をしている。ここまで同じだとは正直思っていなかった。それにこれは夢にしてはやけにリアルである。私は明晰夢を見ることができたから、普通の夢とそうでない夢の判別くらい容易についた。つまり、これは普通の夢じゃない。


「シェーラさん……私もよくわからないのですが、アラジンくんが言うには「そうよ!私があなたをこの世界に連れて来たの!」


え、と私は思わず間抜けな声を発した。彼女の言っている意味がわからなくて、私は黙りこんだ。


「この世界に飽きちゃったのよ、私。だからあなたと私の精神を入れ替えたの」
「……うそ、でもどうやって……」
「決まってるでしょ!私の魔法でよ!だから今は私があなたの世界でのあなたってわけ!わかりにくいけど、わかった?」
「……」


全然、わからない……


「ふふふ、固まっちゃって可愛い!顔は私だけど!ちょっと様子見に来ただけなのだけど、元気そうでなによりだわ!じゃあ!」
「待って下さい!」


長い間一方的に話し続けるシェーラさんを思わず大きな声で引き止めていた。


「……あら、何かしら」
「亜子さん!自分勝手にもほどがありますよ!今すぐ私を元の世界に帰して下さい!」
「……あらあ……、それは無理だわ。私、あの世界を気に入っちゃったのよね」
「じゃあ、私を無許可でこの世界に連れて来た替わりに私のお願いを聞いて下さい」
「……めんどくさいけれど……しょうがないわね。何かしら……?」
「私……」


ぱちり、


「おはよう!亜子お姉さん!」
「……え、え、え!?」


呆気にとられて、いつものように胸の上で笑っているアラジンくんを見上げる。なんてタイミングの悪さだろうか。窓からは爽やかな朝日が漏れている。要するに、朝が来たのだ。夢のお時間はもうお終いという訳である。一番肝心なことを言いそびれてしまったのですけれど……


「早くご飯食べにいこうよ!」
「……う、うん、そうだね」


胸に張り付いているアラジンくんに、苦笑しながら、私は朝の支度に取り掛かったのだった。


(また夢で会えることを願うしかないね)