「ジャーファルさん、私は今日の夜にでもこの王宮を出て行きます」


ジャーファルさんが呼んでいるとアラジンくんに言われ、彼の元を尋ねて言われた言葉は、我々はあなたを歓迎します、という言葉と、好きに使って良いという部屋についてだった。でも、そんなことを言われても私の心は曇ったまま。何も出来ないのに、この王宮に置いてもらうなんてことは私には許せなかった。だから上記のような言葉をジャーファルさんに言った。彼は私の目にもわかるほど驚いていたけれど、私はジャーファルさんの返答を待つことなく室を後にした。


そして、私はバルコニーでピーちゃんを呼んだ。暫くしてから、遠くの空から一羽の鳥がこちらへと羽ばたいてくる。私はその子に向かって手を振った。


「また呼び出しちゃってごめんなさい。でも、来てくれてうれしい・・・・・・」


ピーちゃんのたてがみを撫でながら、心からの感謝を述べた。ピーちゃんはその言葉に満足そうに一声鳴くと、私の前で屈み込んだ。お言葉に甘えて、私はその背に跨がる。最後に私は王宮を振り返った。


「短い間だったけれど、お世話になりました」


誰にでもなく、そっと呟いた言葉は虚しく空気に溶け込んでいった。


「・・・・・・行こっか」


ピーちゃんのたてがみを撫でながら、私は優しく囁いた。


「待ちなさい」
「!?」


それはピーちゃんが飛ぼうと翼を羽ばたかせている時だった。誰かの手が私の腕を強く引いたのは。私は危うくピーちゃんから落ちそうになる。こんなことをする奴は誰だ、と私は後方を振り返れば、そこにいたのは長い髪を風に靡かせて、こちらを真剣に仰ぐ男の姿だった。


「シンドバッドさん・・・・・・どうしたのですか?」
「行かないほうがいい」
「・・・・・・どうしてですか」
「ジャーファルに聞いたよ。ここでは出来ることがないから出ていくって」
「わかっているなら離して下さい」
「ダメだ。それに、君は勘違いをしている。何もこの王宮で求められているのは戦闘能力だけではないぞ」
「・・・・・・」


私は暫し沈黙した。シンドバッドさんの深い瞳の色に戸惑いながら、私は顔を横に逸らした。彼は仮にも一国の主である。その彼に自分はこんなに熱心に引き留められているのだ。迷わない方がおかしい。
第一、なぜ私は戦闘能力以外で力になることを考えなかったのだろう。こんなにだだっ広い王宮のことだから、探せば雑用でもなんでも仕事はあったはずだ。それではダメだと、なぜ思ったのだろう・・・・・・


「・・・・・・わかりました」


私はシンドバッドさんの目を見ながら、ゆっくりと頷いた。王宮を出ていく理由が破綻したのだ。ここを出ていく理由は無くなってしまった。そして、私の了承の言葉にシンドバッドさんはにっこりと微笑んだ。


「そうか、それはよかった。早速だが、君にはジャーファルの下で働いて貰いたい」
「え、」


彼の切り替えの速さに、私は思わず間抜けた面をしてしまった。まるで私が頭を縦に振ることを予期していたような、そんな成り行きの速さ。


(なんかくやしいかも・・・・・・)