「確かに今日のシェーラさんはおかしかったですが……」


ジャーファルは女の消えて行った扉を見据える。


「シン、彼女をどうなさるのですか」
「う〜ん……俺にもわからん。こんなことは俺にも初めてだ。とにかく様子を見るとしか今のところ言えんな」
「つまりあのシェーラさんは中身が違うってことですよね!?」
「そうだよ、アリババくん」
「まあでも……一応同一人物ってことだろ?別にさして問題もねえじゃん」
「そうね、その点に関してはシャルルカンに同意だわ」
「うむ、そうだな。みんな、今日はもう解散だ。ありがとう」
















私はこれからどうすればいいのだろう


政務室をあとにしてから、私は王宮の長い廊下を延々と歩いていた。もう空は濃紺色に染まって、見事な満月が辺りを照らしていた。その満月が一際よくみえるバルコニーで足を止めて満月を見上げた。こんなに心細い気持ちになったことが今までにあったろうか。今になって、母と父が待つ家を恋しく思う。できれば元の世界に早く帰りたい。


そうしているうちに、あることを思い出した。今日の一件から気になっていたこと。港の税関職員に奴隷商人とグルな奴がいるかもしれないということこと。そんなことジャーファルさんたちにはわかりきったことかもしれないけれど一応知らせておいた方がいいよね。
ということで、私は元来た廊下を戻る。


「あの、少しお時間いいですか」


私は先ほどの政務室の扉を2、3度ノックする。少しの間のあと、了承の言葉が返って来たので私はゆっくりと重さのある扉を開けた。扉を開けると、真っ先にシンドバッドさんが目に入った。小さなランプの灯る、月光に照らされた室内にある椅子にもたれて、書類に目を通している姿が、想いのほか似合っている。


「何か用かな」
「あ、はい。お忙しいところをすみません」
「はは、君は礼儀正しいな。全然かまわないよ」
「……はい。その、昼間のことでお話ししたいことがありまして、確かこの国は奴隷は禁止されていますよね……」
「ああ、そうだね」
「ということは、港の税関もある程度厳しくする必要があります。そうすると、必然的に奴隷商人たちには奴隷を国外に連れて行くということが難しくなります。でも彼ら……奴隷商人たちがスムーズに港の税関をくぐり抜ける方法が一つだけあるとしたら、その税関職員のなかに奴隷商人とグルになっている者がいるということになる、と思ったのですが……」
「……」
「そ、それだけです!」


シンドバッドさんの真剣な目を見続けるのが怖くなって、私は早々に部屋を退出しようと踵をかえした。


「待ってくれ」
「え、」


恐る恐る振り返れば、作り笑いのシンドバッドさんと目があった。口元だけが弧を描いている。


「もう一つ奴隷商人がこの国を抜け出す方法がある」
「……」
「密輸港だよ」


はっ、と思わず私は大量の空気を吸った。密輸港の可能性があるだなんて少しも思わなかった。私は顔を赤くして、すみません、と一言呟いた。


「いや、でも君の読みは正しい。なにせあの峡谷の先にあるのは大きな貿易港だからな」
「いえ、なんだか自分が恥ずかしいです……」
「……」


急に降りる沈黙。私は言い知れぬ不安感を抱き、拳を握った。シンドバッドさんはそんな私にお構いなしにじぃっと私を見つめてくる。


「……あの、なにか……」
「ん、いや、本当に君はシェーラとは別人なんだと思って」
「……」
「この前、その密輸港をともに潰したことを知らないようだから」
「……。……あの、今度シェーラさんについていろいろと教えて貰ってもいいですか。時間のあるときでいいので。シェーラさんの行方も気になりますし」
「ああ、いいとも」
「ありがとうございます。ではおやすみなさい」









女が出ていった扉を、男が長らく眺めていたことを誰も知らないーー・・・・・・




(宵闇に浮かぶ月が綺麗だった)