私が鬼の里に来てから早一ヶ月が経った。部屋の外に出るときはいつも天霧さんと一緒。常に見張られていることにいい加減嫌になってきたが、それはそれで仕方がない。部屋の外に出られるようになったことだけでもまだマシだ。屋敷の外への外出は許されてはいないが、天霧さんが同行しているなら屋敷内を出歩いても良いということになった。ただ、昼間の間だけだ。夜間は鬼たちに襲われる恐れがあるから。






「ふ……さむっ」


 さぞかし山奥の星空は綺麗なのだろうと思い立って、私は夜中に初めて縁側に腰掛けて満天の星空を眺めていた。夜でなくとも天霧さんがいないときは部屋から出るなとの忠告は受けているが、かれこれ一ヶ月もここにいるとさすがに危機感は弱まってしまった。だから、縁側で星を眺めるくらいは大丈夫だろうと思ったのだ。すぐ後ろは自分の部屋だから危険を感じたら自室に引っ込めばよい、と私は油断をしていたのだ。それに気づいたときにはすでに遅く私はいつの間にか誰かに背後を取られていた。首に絡む誰かの腕。荒い息が私の耳にかかって気持ちが悪い。


「はぁはぁ……殺してやる」


 テレビでよくあるパターンを思い出した私は渾身の力でそいつの腕を噛んでやった。ぎゃあっという悲鳴とともに私の首の箍が外れて、私は裸足のまま縁側を飛び降りた。壮麗な庭を裸足で駆けて必死に助けを呼ぶ。だが、必死に庭を駈けずり回って助けを乞いても誰も部屋の外へ飛び出してはこない。それもそうだ私を助ける者なんているはずがない。みんな私の死を望んでいるのだから。そう思うとくやしさに涙が滲み出てきた。
 鬼の脚力に人間が適うわけもなく、すぐに追いつかれてしまった。塀の壁に追い詰められた私は死を覚悟する。相手が刀を振り上げる仕種に思わず目を閉じた。


「……」


一瞬が永久に感じられた。でも一向に感じない痛みに訝しく思って、私は目を恐る恐る開け放つ。とたんに、視界に映る光景に目を見開いた。私を殺そうとしていた男は恐怖に顔を歪めて、戦慄いていた。


「風間さん!」


 私はまさか風間さんが私を助けてくれるとは思っていなかったので、素っ頓狂な声を上げた。風間さんは男の刀を持っている方の腕をへし折らんばかりの強さで掴んでいる。月光に照らされて光る風間さんの瞳が綺麗だと思った。男は風間さんの威圧に脅えて、がたがたと振るえ出した。


「ち、千景さま!」
「貴様、我が言いつけを守れずになんとする」
「ひっ……」


 風間さんの言葉に逃げていく男。私はその様子を眺めていてほっと一息を着いた。その束の間、風間さんの鋭い視線が落ちてくる。その視線の鋭利さに私は思わず小さく肩を震わせた。顔を上げることが出来ない。


「貴様もだ。親切に夜間に出歩くなとあれほど言ったのだがな」
「……」


 その通りだ。全て私が悪い。私は死んでもおかしくない軽率な行動をとったのだから、今生きていることの方が奇跡なのだ。それが、この世界に来て間もない私にはすぐに理解することが出来なかった。”死”とはあまりにも無縁な世界から来た。年老いることが当たり前の世界から来た。だから、わからなかった。その些細な行動が死に繋がる可能性があることに……


「女、聞いているのか?」


 俯きながら動こうとしない私に、弱冠イラつきの籠る声色で風間さんは言った。


「……あり、がとうっございました!」


 乾ききった喉の奥からなんとかお礼の言葉を絞り出すと、私はそのまま風間さんに背を向けて走り出した。着物が肌蹴ようが気にせずに自室へと走ると、襖を閉めて布団をかぶる。歯がカチカチと音を立て、感情に関係なく身体が小刻みに震えていた。
 初めて気が付いたのだ。ここはゲームの世界とはいえ現代の太平の世とは遠く離れた、動乱の幕末期だということに。それは人の死がさして珍しくはない、激動の時代。私はいつ死んでもおかしくはない。



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -