漆黒の闇の中、どこまでも続く森を歩き出してからどれくらいが経ったのだろうか。時折木々の合間から覗く月がかろうじて今が夜であることを教えてくれるだけで、今が何時なのかは全くわからない。しきりに鳴いている獣達に脅えて、休むこともままならない。どうしてこんなことになっているのだろう。私は三日前まで確かに都会のビルに囲まれていたのに、でも、気づいたら森の中にいた。おかしい。


咽喉が渇く。睡魔が襲う。昨日から何も食べていない。一歩一歩踏み出す足が震える。そんな極限状態に置かれている上に、森の中に独りという孤独で今にも狂ってしまいそうだ。このまま死んじゃうのかな、なんていう絶望にも似た感情さえ芽生えてくる。


お父さん、お母さん……


ついに限界に達した身体と精神。私は膝をついて力なく倒れ込んだ。ああ、眠い。このまま眠ったら死ぬのかな。獣達に食べられちゃうのだろうな。でももう、疲れた。私が重たい瞼を閉じて死を受け入れようとした刹那、私の視界の端に火の明かりが入って来た。信じられずに私が目を見開くと、それは城壁に囲まれた小さな集落だった。私は疲れ果てた手で拳を作って身体をなんとか起き上がらせると、最後の力を振り絞って明かりの方へとゆっくり歩を進めた。この時ほど神様に感謝した時はないだろう。城壁の門の前で私は意識を失ったのだった。






***





目を見開いて最初に目に入ったのは木造の天井だった。私は状況が飲み込めずに、真っ白な頭のまま天井を見つめ続ける。そうしているうちに襖の開く音がしたかと思うと、私より背丈の小さな着物姿の少年が姿を現した。その子は私が目を見開いていることに気がつくと、おはようございます、と無表情のまま簡素な挨拶をくれた。


「ここは……どこ……」


乾いた唇をなんとか動かして少年に問う。その私の問いに少年は煩わしそうに顔を歪めると、何も答えることなく部屋を出て行ってしまった。やはり私は集落の人たちに迷惑をかけてしまったんだと頭の隅で思う。それでも非常事態だったのだから大目に見て欲しいな。また頭を殻にしてぼうっと天井を見つめていると、再び襖の開く音がした。ああ、またあの子が戻ってきたのかな、なんて思いながら襖の方に目をやる。


「起きたようだな」


襖を閉じて私を見下ろしていたのはさっきの少年ではなく、黄金色の髪に紅玉の如き真紅の瞳をした男だった。燃えるような真紅の瞳と対照な冷たい視線に身体の底から冷えてきた。男は暫く私を忌々しげに見下ろす。



……ああ、なんていうことだろう。私はこの男を知っている。


それは紛いもなく彼だった。コスプレでは決してない、自然さと彼自身のオーラが私をそう確信させた。今女の子たちの間で流行っている乙女ゲーム。私も友達に勧められてやったことがあるから知っている。そのゲームの中に出てくる人物が私の目の前にいた。どうしよう。私はどうやらゲームの中に来てしまったらしい。しかも目の前の彼は鬼だ。人間ではない。彼がここにいるということは私が今いるのはもしかしなくてもーーー鬼の里。


「貴様はどうしてこの地にやってきた」


私は素直に彼の問いに答えて、いままであったことを話した。もちろん私がこの世界の住人ではないことは言っていない。森に迷って、運よくこの集落を見つけた経緯だけを伝えた。紅玉の瞳の男は黙ってそれを聞いていたが、少年は私の胸倉をふいに掴んできた。その瞳が私を憎いと言っている。


「うそだ! ずっと僕たちの里を探していたんだろ!」
「……ちがう、よ」
「言え! 誰に言われてここまで来た!」
「……っ」


まだ少年とは思えない力で私の首が圧迫される。息が出来ない。


「そこまでにしておけ、死ぬぞ」
「風間様! なぜこの者を生かしておくのですか!?」
「殺生は好まん」
「ですが!?」
「もういい。おまえは下がれ」
「風……「下がれ」



有無を言わせぬ彼の言葉に少年はすごすごと部屋から出て行った。ついに彼と二人きりになってしまった私はいったい何をされるのだろう、と内心不安で仕方がない。そんな私の不安に反して彼は私を忌々しげに私を一瞥した後、そのまま部屋を出て行こうとする。聞きたいことがあったので私は待って、と咄嗟に叫んだ。が、乾いた口内がそれを声にするのを邪魔した。乾いた音だけが口から零れ出た。そんな私に彼は襖を閉める手を止めると、私に言った。


「逃げようなどと思わぬが身のためだと覚えておけ」


冷たい瞳。冷たい言葉。
私はここに囚われた。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -