ことの始まりは、聖夜学園高等部の入学式直後から。
式が終わって体育館を出た瞬間、僕はもの凄い数の生徒に取り囲まれた。
はじめまして藤咲くん。
なぎひこくんってなでしこさんのお兄さんって本当?
なんで海外に留学してたの?
そんな質問を笑顔でスルーし続けたが、人の波と質問の嵐は一向に果てが見えない。
そういえばこの学校は小中高一貫教育だから、転校生は珍しいんだっけ。
否、通例じゃ外部の生徒は受け入れないし、僕もなでしこで入学したから理事長にとっては留学生扱いだから、転校生なんてありえない。
それなのに、僕はこの学校に来た。
だからそんな帰国長髪少年をひと目見ようと、みんな躍起になってるわけだ。
…なんて、余裕ぶって冷めた見解もある反面、なでしこ時代の友達に「はじめまして」と言われるのは、なんだか不思議で寂しい気もして。
郷愁と倦怠と人混みにうんざりしてきたその時、いきなり誰かに腕を掴まれ、人混みから引っ張り出された。
「え、ちょっと、」
それは、辺里くんでも相馬くんでもなければ、亜夢ちゃんでもなく、もっと細くて冷たい手だった。
――――――――――……
「ねぇ、なぎひこ、わたし、何に見える?」
「…べつに、いつもどおりだけど…」
そのまま体育館裏まで連行された僕は、愛の告白をされるわけでもなく、集団で殴る蹴るの暴行を加えられるわけでもなく、なぜかおかしな質問をされているのであった…
質問の嵐を掻い潜って、やっと辿り着いた果てがこれなのか。
それとも、無垢な生徒たちの質問を総無視した罰なのか。
どっちでも構わないけど、とにかくここから立ち去りたい。
「ホントに?ホントにわたしに見えるの?」
「うーん、そんなこと言われてもなぁ」
僕を連れ出した腕の主は、ガーディアンではなかったけれど「なでしこ=僕」ってことを知ってる、僕の幼馴染だ。
俗に言う「天然」がちょっと入ってるだけであって、脳に知的障害はなかったと思うんだけど…
「久しぶりに会って、いきなりそれ?どうかしたの?」
「あのね、気を使ったりとか遠慮とかしなくていいから、正直に答えて。」
本気も本気。
それはまぁ深刻そうな顔で、もう一度言った。
「わたし、何に見える?」
「……だから、君は君でしょ…」
「そうじゃなくて!生物学的に、カメとかライオンとかスイクンとか!」
「…うーん、最後のはポケモンだと思うけど、生物学的に言うとー…人間?」
「本当?ほんっとうに人間に見える?気、使ってない?」
「なんで気を使うの…、どうしてそんなこと訊くわけ?」
「あの、さぁ…」
「…なに?」
「わ、わたし、その…あのぅ…、カラス、に見えちゃったりなんかしない…?」
「…………、」
何を言い出すかと思えば「わたしはカラスにみえますか」って…
それにしても、今日はよく厄介な質問をされる日だ。
一生のうちに又とない、貴重な日になりそう。
それとも、カラスっていうのは何かの隠語?
空気が読めない人を「KY」っていう類の…
「なぎひこ」
彼女はまた僕の腕を引くと、近くにあった体育館裏口の階段に僕を座らせ、隣に腰を下ろした。
そして畏まったようにポケットから取り出したそれは、
「、たまご…」
まさしく心のたまごだった。
そしてそれを見た瞬間、さっきの可笑しな質問の意味がやっとわかった。
だってそのたまごの色は、混じりけのない純粋な黒。
×は付いてないから最初からこの色なんだろうけど、確かにカラスみたいに真っ黒だった。
「これ、どうしたの?いつ見つけたの?」
「わ、わたし、今朝起きたらベッドの中に…」
「うん、大体わかるよ、だって僕も持ってるし」
「え」
ほら、とリズムとてまりのたまごを見せると、物凄い速さでひったくられた。
「すごぉお!キレー!!なぎひこっぽいね!」
「そりゃどうも」
「で、これ何が生まれたの?カラスじゃないよね……ツルとか!」
「なんで鳥類限定なの…、それにカラスの卵って黒じゃないし…」
「…あ、そーなんだ…ふぅん……じゃ、トカゲとか」
「それ、人間から生まれたと思いたいわけ…?」
溜め息を吐きながら「しゅごキャラ」の大まかな概要について説明すると、彼女はうんうん頷いたり、うんうん唸りながら話を聞いていた。
もともとオツムが弱い方の部類だから、理解よりも疑問の方が大きいらしい。
百聞は一見に如かず、実際に見せた方が早いと踏んで、てまりとリズムをたまごから出した。ら、またあっという間にわしづかみにされた。
「……要するに、しゅごキャラはなりたい自分なんだよ。だからそのたまごも、君の気持ちの分身ってこと、わかった?」
「うーん、うん!……うん…うーん…」
なんかわかってなさそうだけど、張本人はちょっと考えてからぱあっと明るい顔になって、その後いきなりしゅんとした表情になった。
「どうしたの?」
「…じゃあさ、」
目まぐるしく変わる考えが一つになったらしく、手の中で転がしている真っ黒なたまごを申し訳なさそうな目で見つめた。
「きっとこの中の子は、恨みとか、ひがみとか、妬みとか、嫉みとか…、そんなサイテーな感情の集合体なんだろうねぇ…」
「、」
びっくりした。
いつも能天気な天然少女がそんなこと言うなんて、思ってもみなくて、ちょっと声が出なかった。
「だって、昨日、そういう気持ちだったもん…」
寝る前に、部屋で。
いじけたようにそう続けた。
「わたし、周りに流されてばっかりだし、言いたいこと言えないし、馬鹿だし…。それが出来ちゃう人が羨ましくて真似したら、また流されてるし…」
なるほどね。
たしかに君らしい感情だけど…
…あ、
「わかった」
「、なにが?」
「流されたくないから、違う色になりたくないから、黒にしたんじゃない?」
「え、」
「もう何色にも染まらない、自分だけの色」
「あ」
僕が思いついたことをそのまま口にして、彼女の目が納得で輝いたそのとき、真っ黒なたまごに小さなひびが入った。
然れども 花立つ君が 見ゆるまで
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