王がお呼びです、今すぐお部屋に。侍女がそう告げに来たのは、すでに夜中の三時をまわった頃。住み込み夜勤の侍女だった。こんなことが幾度も続いているのだから、わたしがなぜ呼ばれるのか、もう察していることだろう。何故かなんて野暮な質問もしてこない。誤魔化すための書類整理の道具を準備し、眠い目を擦って王の部屋に赴いたのが三時半。夜とも朝ともつかない時間。夜明けの早いシンドリアでは、もう空も白みはじめる。嫌だなあ。こういう時、いつも決まってシンはひどくするのだ。







「痛みが限界だったら言ってくれよ」

「いたい!」

「早速だな…」




むんずと腰を捕まれ、子宮に異物が入ってゆく感覚。ギリギリと音が聞こえるんじゃないかと思うほど、無理矢理奥に押し込まれる。熱い。痛い。思わず制止の叫びを上げそうになって、息を止める。国王の尊い御身に爪を立てるわけにもいかない。行き場を失った両手はそれぞれ宙を掻いたあと、白いシーツを掴むことで落ち着いた。激痛は数回の波となり、腹部をぐらぐらとゆらす。七つの海中でも五本の指に入るほど体格の良い男と、その辺で拾ってきたような痩せっぽちの女が行為に及んでいるのだ。そんなの痛いに決まっている。




「馴染むまで、待つから」




大きな角張った手にゆっくりと頬を包まれ、ぎゅっと閉じたままの目蓋を親指の腹が撫でた。ぜんぶ入ったのか。羞恥と安堵と緊張と、それからよくわからない不安感を覚えながら、肺の浅いところで繰り返していた呼吸を深呼吸に切り替える。シンの手が髪に移動して、おでこの上に、ぽん、と乗せられて、やっとからだじゅうの力を入れっぱなしだったことに気付く。息を吐きながら肩、胸、足、お腹、じんわりと順番に溶かして、意識しなくても呼吸が整ってきたとき、何の前触れもなくシンはいきなり動き始める。ちょうど息を吐ききったところだったので、わたしは慌てて息を吸い直し、そのあとは、もう、もう。ただ息を吸って吐いて、吸って吐いて。目の前がチカチカする。強い力で揺さぶられるのに耐えることで必死。だいじょうぶ、だいじょうぶとじぶんに言い聞かせ、ぎゅっとシーツを掴んでおく。でも、たまに息が吸えなくなって、ひっ、突っ掛かると悪循環。どうにか保っていた均衡が崩れてゆき、回らない呂律でわけのわからない言葉を口走る。思わずシンの体にすがり付くけれど、我慢していた喘ぎ声ももう止められない。じぶんの声なのに聞き慣れないその声は、あたまのなかで反響して、ぐわんぐわんと脳みそを蝕んでゆく。痛い、とか、熱い、とか、そんなものはもうよくわからなくなって、なにもかもがどうでもよくなって、王にしがみつく手に力が入らなくなって、ぷつん。もうそこから先の記憶はなくなる。ただ最後に「ありがとう」という言葉の余韻を聞きながら、微睡みに沈んでゆくのだ。







わたしが、今度は朝とも昼ともつかぬ時間に目覚めると、たいてい王はそこにいない。一国の王は、内政に外交に忙しいのだ。そしてわたしは時間を持て余す。とりあえず、夜まで。今日また王に呼ばれるかはわからない。また、呼ばれるとしたら、夜半かもしれないし朝方かもしれない。とにかく、ただ待機。一応それが、わたしに与えられた仕事だった。


こんな悠長な生活をしているけれど、わたしはもともと愚図で鈍くさくて働き口もない貧乏な町娘。三年前に家業の織物屋が潰れてしまうと、父も母も病に臥せってそのまますぐに死んでしまった。身寄りもなければ仕事もない。救いようのないわたしを、王は社会保障の担い手として、直々に雇ってくださったのである。一応「給仕」という名目でお仕えしているが、朝のお着替えだの、食事の準備だののそれこれは、したことがない。ただお呼びがかかったら王のお部屋に赴くだけ。他のひとには、だれにも言えない、娼婦みたいな役割なのだ。




「君は性を売る卑しい娼婦なんかとは違う。わかるね?だって君を抱いているのは俺だけだろう?誰某構わず身を売る仕事をしているわけじゃない」



わたしがじぶんの身分と仕事を憂う素振りをみせると、シンはわたしの肩を固定して真正面から目線を合わせる。まるで教師みたいに言い聞かせると、そのままじぶんに引き寄せ、ぎゅっと抱くのだ。



「君は俺の人生に彩りを添える、大切な仕事をしてくれてるんだ」



ありがとう。王はやさしく笑って、わたしのために頭を撫でる。筋の通った正論と、いちばんうれしい感謝のことば。学問など修めたことのないわたしにも丁寧に言って聞かせ、耳にしまい込むように囁かれた「ありがとう」には、思わず頬が熱くなった。恥ずかしくて思わず目を逸らしても、また向き合わせ、肯定の返事を促してくれる。わたしが照れて意地を張っても、逃げ道を用意してくれているのだ。渋々、というようにわたしがハイと返すと、満足したようにわたしにキスをする。くちびるとくちびるがふっと触れるだけのキス。そしてすぐ離れて、わたしは王を見上げて、ばちっと目が合うと、王は笑ってまたわたしにキスを落とす。今度は、わたしがちゃんと理解したか確かめるようなやつを。その次は、言い訳したがるわたしを咎めるようなやつ。それから、呆れたみたいな溜め息混じりのやつ。言い訳も、文句も言わせず、口を塞いでしまうようなやつ。わたしを黙らせることができて、満足そうなやつ。「口を開けて」「舌を出して」と強制するやつ。息を吸えなくする意地悪なやつ。苦しくて思わず涙が出ちゃいそうなやつ。頭がぼーっとして、もうどうでもよくなっちゃうようなやつ。そのまま、そういうことがしたくなっちゃうやつ。目を合わせるたび、何度も、どこまでも続けてくれる。それこそ、わたしの気が済むまで。きっとキスだけじゃない。わたしが望めば、いつだって、なんだって、出来る限りのことをしてくれる。夜は少し強引だけど、わたしは制止をかけたことがないし、朝方ひどくするときも「やめて」と言えばきっと止めてくれるだろう。ほら、王はいつでも優しいのだ。



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