俺は泣いてる彼女を抱きしめる。



「怖がらないで。上手く弾こうとおもわなくてもいい。俺のために弾いてよ」



彼女は俺に抱きしめられたまま俺を見る。



「部長さんのため…?」

「そう」



俺は微笑んで彼女の頭を撫でる。



「わかった。部長さんのために弾くよ。でもお母さんには内緒だからね」



彼女は立ち上がってピアノの前に座る。



そして深呼吸。



白と黒の鍵盤に細長い指を置き、ピアノを弾き始める。



その音色は



美しく儚く



悲しくて繊細



そんな音色だった。



しばらくして1曲弾き終わったようだ。



彼女はおずおずと椅子から立ち上がり、俺の方をチラッと見た。



「綺麗な音色だったよ。君のお母さんはもっと上手になって欲しいみたいだけどね」



彼女は目を見開いて驚く。



「ホント?ほんとに上手に弾けてた?」

「本当だよ。とても上手だった」



彼女は心底嬉しそうに笑った。



「私いつもお母さんに怒られてばかりなの。でもちゃんと少しずつでも上手くなってるんだね」



ほっとしたように彼女は綺麗な涙を流した。



「部長さん。私…ピアノ好きだよ。だからもっと頑張ってお母さんに怒られないほど上手くなる」

「うん。頑張って」



俺は彼女を再び抱きしめて。



彼女の顎を指で持ち上げる。



そして俺はキスをした。



少しして唇を離すと彼女は顔を真っ赤にして俺を見ていた。



「部長さ…」

「精市」



彼女はキョトンとする。



「そう呼んで。好きな子には名前で呼んで欲しい」

「好き…?」

「そうだよ。俺、君のことが好きなんだ」



俺はさらに彼女を抱きしめる腕に力を入れる。



離したくない。



そう思うのは彼女を愛する故だろうか。



「私も…ぶ…精市先輩のことが好き…です」



彼女は恥ずかしそうに小さな声で言った。



彼女が好きなピアノを嫌いと言わせるまでに怒った母親は許せない。



けどそんな人がいてくれたからこそ、俺は彼女と出会うことができた。



そこにおいては感謝だ。



「ねぇ、君の事、教えてよ。俺は君をもっと知りたい」



俺はそういって彼女に深く口付けた。



END...



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