その時は別段彼女を特別だとも思わなくて。



ただ



不思議な子だな。



って思っただけだった。



でも俺が屋上に行くと彼女は必ず先にいて。



そして必ず泣いている。



そんな彼女とよく会うようになって、沢山の話をした。



彼女の母親はちょっと名の知れたピアニストであること。



だから彼女も毎日家でピアノを練習すること。



その練習で母親に怒られていること。



それが嫌でいつもここで泣いているということ。



他にもいろいろ。



「部長さんはテニス好き?」

「え、うん、好きだね。好きじゃなかったらやらないし。君は?ピアノ好きかい?」



彼女はぶんぶんと音が鳴りそうなほど首を強く横に振った。



「嫌い。お母さん怒るから。上手に弾けないと怒るから」

「だからピアノが嫌いなの?」



彼女はコクンと頷く。



「それは本当にピアノが嫌いなの?お母さんが怒るから嫌いなんだろ?」

「違う」



俺の目をまっすぐ見つめてくる。



「私はピアノが嫌いなの!!イヤなの!!大嫌い!!」



俺が知る限りこんなにも興奮している彼女は見たことが無かった。



彼女は俺を睨んで横を通り過ぎようとする。



いつもならそのまま別れる。



でも今日はまだ別れたくなかった。



俺はとっさに横を通り過ぎようとする彼女の細くて白い腕を掴んだ。



「何?」

「これから音楽室に行こう」

「授業中」

「授業してたら戻ればいいだろ」



俺はそういって無理やり彼女を音楽室に引っ張っていく。



幸い音楽の授業はやっていない。



2人で音楽室に入ると俺はピアノの前に立った。



「ピアノ、弾いてよ」



彼女をピアノの前に促す。



「嫌。怒るから」



彼女は耳を塞いで座り込んでしまった。



「大丈夫。ここにはお母さんはいない。いるのは俺と君の2人だけ」



俺もしゃがんで彼女に声を掛ける。



「どうして、部長さん?私、ピアノ嫌いだよ。見たくもない」



泣き出してしまった。



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