緑の黒髪





なんだかあの日からおかしい。千石君と話すと緊張してしまう。名前を呼ばれるだけでドキッと心臓が跳ねる。
私どうしちゃったんだろう。



「名前、ちょっとコンビニで買ってきて欲しいものがあるんだけど」

「えー」

「お願いね」



母親に有無を言わさずメモとお金を押し付けられた。もう9時を過ぎてるのに、女の子一人を外に出す親ってどうなんだろう。
危ないとか考えないのかな。面倒だと思いながらも、仕方なく私は財布と携帯だけ持って外に出る。
一番近いコンビニまでは自転車で5分。そんなに遠くはない。










コンビニでお母さんのメモにあるものを買い終わって帰る時。なんとなく夜風にあたりたくて少しだけ遠回りをする事にした。
夜道は静かだけど街灯と月明かりのせいでかなり明るい。帰る途中空き地があった。

その空き地に人影が見えた。普通なら別に珍しいことじゃない。私だってそんなに気にしないで通り過ぎる筈だった。



「っは!!」

「…ぇ」



聞こえた声とパコーンという音に思わず自転車を止めた。だって間違いじゃなければ、それは千石君の声とボールを打った音だったから。
よく目を凝らしてみると街灯で反射するオレンジ色の髪。間違いなく千石君だ。


手に持ってるのはラケットで壁に向かってそれを振る。それと一緒に規則正しくボールの音がする。



「千石、君…?」

「え!?」



自転車を空き地の入口に止めて、千石君に近づく。
よく見たら汗を流していて、息も少し切らしている。ボールを打つのを止めて千石君が振り返った。



「名前ちゃん!?こんな時間にこんなとこで何してるの?」

「ちょっと買い物頼まれちゃって」

「こんな時間に?」



千石君は時計を見て吃驚したように言う。もう9時半を過ぎている。
やっぱり普通に考えてこんな時間に女の子をお使いに出すって普通じゃないよね。



「うん。千石君こそこんな時間に自主練?」

「まぁ、ね。ちょっとだけだけど」



千石君はラケットを置いて汗をタオルで拭う。その姿は“ちょっとだけ”には見えない。
むしろそこそこ長い時間やってたんじゃないかって思わせる。



「夜に自主練してるなんてカッコ悪いとこ見られちゃったな」



千石君は苦笑いして頭を掻いた。



「カッコ悪くなんてないよ。千石君が強いのは頑張ってるからなんだね」



意外だった。部活以外の時間にテニスをしてるイメージなかったから。まゆちゃんの言い方だと暇があれば女の子と遊んでるような感じだったし。



「頑張ってるのは俺だけじゃないよ。南だって東方だって頑張ってるし」

「そうかもしれないけど。千石君も頑張り屋さんなんだね」



こんなに遅くまで一人で頑張ってて。もしかしたら、いや、きっとそれは今日だけじゃない。
毎日かはわからないけど結構頻繁なんじゃないかな。



「あはは。頑張り屋、か。俺そんな風に見える?」

「うん。私頑張ってる人って好きだよ」



千石君は目を大きく開いた2、3回瞬きをした。そして恥ずかしそうに笑った。オレンジの街頭せいかな、千石君の顔が赤く見える。



「…好き、だよ」



う、わ…。好きって…。いや、わかってる。テニスが、だよね。うん、勘違いしちゃだめ。
って、私今千石君が好きって言ったのでドキドキしてる?もしかして私千石君のこと好きなの…?



「そっか。そんなにテニス好きなんだね」

「へ?あ、あぁ…テニス、ね。うん、テニス好きなんだよね(告白のつもりだったんだけどなぁ…)」

「じゃあ、私そろそろ帰るね。邪魔しちゃってごめんね」



だめだめ。好きになっちゃだめなんだから。これ以上一緒にいたら千石君の良いところをどんどん知って、好きになっちゃう。
千石君は一人の女の子を特別視したりしないって言ってた。だからフられちゃう。



「え、ちょ、ちょっと待って。送ってくよ。女の子がこんな時間に一人は危ないよ」

「いいよ。私自転車だし危なくないよ。それにまだ練習するのに」

「いや、もう帰るつもりだったし。何より俺がもう少し名前ちゃんと一緒にいたいから」



千石君はそう言ってラケットやボールを片付け始める。


一緒にいたい…って。期待するな。千石君がそう言うのは私が生物学上女の子だから。
ここにいるのが私じゃなくたって、女の子ならきっとそう言ってるんだ。



「どうしたの?」

「っわぁ」



千石君に覗き込まれて、吃驚して声を上げてしまう。千石君はそんな私を見てくすくす笑う。



「大丈夫?」

「あ、うん。ごめんね」

「家どっち?」

「小学校の方だよ」

「同じ方向だ。ラッキー」



そう言って私から自転車を引き取った。不思議そうに見ると女の子にひかせるのもねって言った。
千石君は自分のテニスバッグも持っているからそんなことまでしてくれなくてもいいのに。何だか申し訳ないよ。



「千石君ってさ、すごく綺麗な髪色だよね」



私の歩調に合わせて隣をゆっくり歩いてくれる千石君を見上げる。オレンジ色の髪が街頭を反射してキラキラしている。



「え、そうかな!?」



自分の髪を片手で弄って私を見る。そして私の頭に手を置いた。



「俺は名前ちゃんの黒髪の方が綺麗だと思うよ」



千石君の手はそのままおりてきて毛先を絡めとる。やだな、私の心臓すごくドキドキしてる。



「あ、はは。そっかな。私特に何もしてないんだけど」

「うん。俺にはすごく魅力的だよ〜」



千石君は私の髪を弄ぶ。早く離して。どんどん好きが増幅していく。
千石君は女の子みんなに優しいの。私が特別なんじゃない。そうわかってるのに。






千石君を好きになってしまった。