黄色い声





隣の席の千石君は執拗に話し掛けてくる。それもまゆちゃんがいないのを見計らったように。
私自身は別に嫌じゃない。千石君は何だかんだで優しいから。


まゆちゃんが言ってた通り多分軽い男の子なんだとは思う。話し掛ける相手は決して私だけじゃない。
クラスの女の子、あるいは違うクラスの女の子にも気軽に話し掛ける。
千石君にとったら女の子はみんな平等に可愛い存在なんだと思う。



「まゆちゃんもさぁ、そろそろ俺と話してくれてもいいと思わない?」

「千石君は本当にまゆちゃんに嫌われてるよね」

「俺、やっぱり嫌われてるよね〜」



千石君は自分の机の上で脱力して苦い顔をする。きっと千石君はまゆちゃんが好き。
嫌われてるってわかっててめげずに話し掛けるくらいだし。



「で、でもきっとそのうちまゆちゃんも心開いてくれるよ!!頑張れ」

「名前ちゃんが応援してくれるから頑張るよ」



千石君は、ははって笑った。私は千石君のこの笑顔が好きだ。なんだか私まで笑顔になってしまう。そんな笑顔。



「そういえばさ」

「うん」



千石君は起き上がってもとの体制に戻った。そしてまゆちゃんがいないことを確認した。



「今日の部活は試合形式も少しやるらしいんだ。良かったら見にこない?」

「うーん…。私テニスのルールわからないからなぁ」



南君にも何度か試合に誘われたことがあるけど、ルールがわからないからいつも断ってた。
その度に南君はルールを教えてくれるって言ってくれてたんだけど。私は覚えられる気がしないからそれも断ってた。



「ルールわからなくても楽しいよ」

「そうかな…。でもいいや。ごめん、また今度にするね」

「そっかぁ。アンラッキー」

「他の子誘ってあげてよ」



千石君が誘ってくれるのを待ってる女の子はたくさんいる。千石君のことが好きな女の子はたくさんいるから。



「んー…キミじゃなきゃ意味ないんだけどね」

「え?」

「何でもないよ」



千石君が苦笑して何か言ったんだけど、よく聞こえなかった。聞き返しても答えてくれないからきっと大したことじゃないんだな。



「千石、何名前に話し掛けてんのよ。喋んな」



まゆちゃんが帰ってきて千石君を睨む。千石君は怖がった様子も見せずに口をとがらせた。



「まゆちゃんは厳しいな〜。名前ちゃんは嫌がってないよ?」

「黙れ、このチャラ男」

「千石くん、お呼びだしだよ。4組の中村さん」



みっちゃんが千石君の肩を叩いて知らせた。千石君はドアのとこをちらっと見て息をふぅって吐いた。



「俺、あの子ちょっと苦手なんだよね」



少し面倒くさそうに立ち上がって教室の外に消えて行った。きっと告白だよね。
でも苦手みたいだからフられちゃうんだろうな。



「あんだけ女好きなくせに苦手とか言ってんなし」



「まぁまぁ。好き嫌いくらいあるでしょ。」



千石君の好き嫌いってどんなとこで別れてるんだろう。だっていつも一緒にいる女の子たちにコレといった共通点はない。
苦手と言った中村さんがどんな子かは私は知らないけど、今まで千石君と一緒にいるのを見た女の子との違いもわからない。



「だいたいさ、何であいつナチュラルにあたしらに話し掛けてんの」

「そりゃー…ねぇ」



みっちゃんが私を見る。私?千石君になにかしたっけ。
確かに席が隣だからよく話してはいるけど。千石君の目当てはきっとまゆちゃんだ。



「ねぇ、まゆちゃん。どうしてそんなに千石君が嫌いなの?」

まゆちゃんがこんなにはっきり人を嫌うのは珍しい。まゆちゃんは基本的に誰とでも仲良くできる子だ。



「あいつはね、好きでもない子と付き合ってすぐに別れるの。来る者拒まず去るもの追わず。女の子は傷ついてばっかり」

「まゆが中学で仲良かった子が千石くんと付き合ってたんだよ」

「別れる時何て言ったと思う!?『女の子はみんな可愛いから誰かを特別視したりできないんだよね』だよ?だったら最初から付き合うなっての。」



まゆちゃんは机をバシバシと叩きながら怒りを表す。千石くんてやっぱり軽いんだなぁ。



「なぁ、千石どこにいるか知らないか?」



テニスウェア姿の南君が困った顔で走って来た。その格好で教室に来るなんて何かあったのかな。



「4組の中村さんからの呼び出し中」

「部活もう始まるんだが」



南君はちらっと腕時計を見て顔をしかめる。思えば千石君が教室を出てからもう30分はたってる。
なかなか帰って来ないってことはやっぱり告白だったのかも。



「あたしも部活行かなきゃ」

「私も〜」



まゆちゃんが立ち上がって、みっちゃんもそれに続く。まゆちゃんは道場に、みっちゃんは音楽室に行ってしまう。
ちなみにみっちゃんは合唱部。私は帰宅部。



「名字、もし千石に会ったら早く部活に来るように言ってくれ」

「うん、わかった。南君、部活頑張ってね」



南君はありがとうと言って走って行った。私はそれをひらひらと手を振りながら見送った。
千石君は今日は試合練習があるって言ってた。遅れてしまって大丈夫なのかな。



「うわっ!!ヤバいヤバい!!部長に怒られる」



それから少しして千石君は教室に慌てて走って来た。



「千石君、おかえり。南君が早く来るようにって言ってたよ」

「うわぁ…だよねぇ」



ちょっとだけ億劫そうな顔をして急いで荷物を纏める。忙しそうだし告白だっただろう呼び出しをどうしたのかは聞かない。
というよりも聞かなくてもなんとなくわかる。千石君はあの中村さんって子とは付き合ってないと思う。
まゆちゃんが千石君は来る者拒まず去るもの追わずって言ってたけど、私にはそうは見えない。



「じゃあ、また明日」

「うん。部活頑張ってね」



手を振って、千石君は走り出す。けど教室の入口で急停止してまた席に戻って来る。
何か忘れ物でもしたのかな。



「名前ちゃん」

「ん?どうしたの?忘れ物?」

「やっぱりさ、良かったら練習見に来てよ。その方が俺もやる気出るし」



じゃ、って言って千石君はまた走って行った。そんなに誰かに見てて欲しいのかな。
だったらちょうど用事もないし少し見るくらいならいいか。


そう思ったんだけど、私はテニスコートに来て少し後悔した。だって見渡せばたくさん女の子がいる。
その子たちの多くは千石君が目当て。別に私が見に来る必要はなかったような気がする。



「「千石くーん」」

「「キャー」」



千石君がテニスコートに入ると周りの女の子たちは彼の名前を呼ぶ。千石君がポイントを決めればキャーッって叫び声が聞こえる。
軽い男の子なのにすごい人気なんだな。なんて考えて私はぼんやりしながらボールを目で追った。



「ウォンバイ、千石」

「かっこいい〜」

「キヨ君ー」



千石君が勝った。それと同時に女の子たちの声が増す。これが所謂黄色い声ってやつなのか。まるでアイドルみたいだ。



「名前ちゃん!!」

「え?あ、千石君お疲れ様」



千石君の試合も終わったし帰ろうかなって思ったら千石君に声をかけられた。
あぁ…周りの視線が痛いよ…。



「見に来てくれてたの途中で気づいたよ。ありがとう!!」



千石君はヘラッと笑った。

「千石君、強いんだね。びっくりしちゃったよ」

「いや〜、今日はちょっと危なかったなぁ。相手先輩だったし。勝てたのは名前ちゃんの応援のおかげだよ」



ドキン…



え、何?今私の中で何か鳴った…?



「で、でもほら、たくさん女の子が応援してくれたから。私だけじゃないし。その…なんかアイドルみたいにすごい黄色い声とかあって…」

「うん。でも俺は名前ちゃんが応援しててくれて嬉しかったよ」



私は自分の体温が一気に上がるのを感じた。もう周りの視線なんか気にしてない。
というより気にする余裕がない。何か心臓のドキドキが速いんだもん。



「じゃあ、俺まだ部活中だから戻るね」

「あ、うん。頑張って、ね」

「ありがとう」



千石君はふわりと笑ってテニスコートに帰って行った。どうしちゃったんだろう、私。