好きだからって何か行動をするわけじゃない。何もしなくても千石君は話し掛けてくれるから。隣の席でよかったなぁ。 「そろそろ1ヵ月たつし席替えをするぞ」 先生の一言で教室中が騒ぎだす。喜ぶ声もあれば、残念がる声もある。勿論私は後者。 千石君と隣同士じゃなくなってしまう。無条件に話すことができたポジションしゃなくなるってこと。 「じゃあ順番にくじひいてけよー」 私の順番が来た頃には千石君の席は決まっていた。黒板に書かれた千石という名前は前から2番目の右から2列目。 そしてその周りで開いてるのは千石君の前と左隣。 「名字さん」 「あ、うん」 委員長に促されてくじを引く。開くのが怖い。そっと開いて番号を見る。24番。黒板を見てその数字を探す。 目に留まった24という数字。そこは一番後ろの左から2列目。千石君とはかなり遠い。 「うっわ…最悪」 まゆちゃんの声がして黒板を見ると千石君の左隣はまゆちゃんの席。まゆちゃんはあからさまに嫌な顔をして溜め息をついた。 「まさかだねー」 「そう、だね…」 隣になったみっちゃんが千石君とまゆちゃんを見て笑った。千石君はきっと嬉しいんだろうな。 だって千石君はまゆちゃんが好きだから。今だってそっぽを向くまゆちゃんに一生懸命話し掛けてる。 「千石君、きっと嬉しいよね」 「何で?」 「まゆちゃんのこと好きみたいだもん」 「そうかな。(どう見ても名前ちゃんを好きだと思うけど)」 いいなぁ。千石君を好きな身としては何だか妬けちゃうな。あんなにそっけない態度とっても千石君はまゆちゃんに話し掛けることを止めないし。 千石君にとって多分まゆちゃんは特別な存在で。でも私はただ偶々最初に席が隣だったクラスメートくらいにしか思ってないんだろうな。 もう話し掛けてくれないのかな…。 「はぁ…」 思わず溜め息が漏れる。だって私は実らない恋をしちゃったんだもん。 「名前ちゃんさ、もしかして千石くんのこと好き?」 「へ!?な、何言ってんの?私、違うよ」 「ふーん。そう」 みっちゃんはまたまゆちゃんたちに目を戻す。ここでもし私が千石君を好きなんてカミングアウトしちゃったら千石君とまゆちゃんがうまく行かなくなっちゃうかもしれない。それだけは絶対ダメ。 「あ゛ーもう煩いんだよっ!!このタラシ!!」 「ひっどいなぁ。俺はタラシなんじゃなくて女の子みんなを愛してるだけなのに」 「それがタラシっつーんだよ、ボケ」 まゆちゃんはガタッと席を立って私たちのところに来る。千石君はあーあ、なんて苦笑して周りの男の子と話し始めた。 「イライラする。1ヵ月保たない…」 私の前の席(確か山田君の席)に勝手に座って溜め息をついた。 「ほっとけばいいじゃない」 「隣でずっと騒がれてちゃシカトもできないっつーの」 私はまゆちゃんが羨ましい。無視しても千石君はまゆちゃんに絶対話し掛けるもん。 席が隣じゃなくたって話し掛けてたんだから、席が隣になった今アタックしない筈がない。 「名前はよく1ヶ月もあれに耐えたね」 「まゆちゃん、千石君話してみると結構楽しいよ?」 千石君はすっごく面白い。まゆちゃんもわかってあげてほしい。そうすればもしかしたらまゆちゃんが千石君を好きになるかもしれないし。 両想いになって素敵なカップルが誕生するかもしれない。だから私はまゆちゃんの中の千石君のイメージを変えなきゃ。 私の恋は実らなくてもいいの。千石君が好きな子と笑って居られる方がいいから。 「はぁ!?あいつただ煩いだけだよ。名前、騙されちゃダメだからね」 「うん?騙される?」 「まぁまぁ、いいじゃん。それならそれで」 「よくない!!絶対よくない。みさきはあいつに対する考えが甘いんだって」 途中から2人の会話にはいれなくなった。内容がよくわからなくて混乱していたら先生が教室に入ってきてチャイムがなった。 まゆちゃんは急いで自分の席に戻って行った。すかさず千石君はまゆちゃんにこそこそと話し掛ける。 そしてまゆちゃんはそれを完全に無視してる。狡い。私には授業中話し掛けたりなんてほとんどしなかったのに。 やっぱり好きな子とはたくさん話したいんだ。 授業中、前から2列目の2人がずっと気になって仕方なかった。集中なんかできない。 私の視界にはどうしても千石君とまゆちゃんが入ってきていらいらとしてズキズキとする。 授業中も先生が黒板の方を向いた隙に千石君はまゆちゃんにちょっかいをかける。まゆちゃんは鬱陶しそうに千石君を睨む。 それが何度も何度も繰り返される。それが羨ましくて、でも見てられなくて私の中でが何かがぐるぐると渦巻く。 「先生、気分悪いので保健室行ってもいいですか…」 「いいけど大丈夫?」 「はい、すみません」 私は席を立ってそそくさと教室を出る。気分が悪い、なんて本気じゃない。ただ2人を見てられないだけ。 1時間目からそんな理由でサボっちゃって先生には申し訳ないけど。私は今それどころじゃない。 保健室で先生に少し寝てるように言われて白いふかふかなベッドに身を沈めた。でも寝れなくて目を瞑ったままずっと千石君のことを考えてた。 千石君はまゆちゃんが好き。私のことは友達としか思ってない。まゆちゃんは、いいなぁ。 私もあんな風だったら千石君は私を好きになってくれたのかな。まゆちゃんは格好いい女の子だ。頭もいいしスポーツもできて、性格もいい。 対する私は何をやっても並み程度。まゆちゃんみたいにはなれない。千石君に好きになってもらうのはやっぱり無理だと思う。 だったら千石君の恋を応援するべきだ。でもやっぱり2人が仲良くしてるの見るのは辛いよ。 1時間目からこんな逃げて来てこれから1ヵ月どうやって過ごせばいいの。 もし、もしも千石君とまゆちゃんが付き合い始めたら私はちゃんと祝福できるかな。 まゆちゃんの性格上人前でいちゃいちゃしたりはしないだろうけど、きっと態度は変わるよね。 そんな幸せそうな2人を平然として見てられる自信がない。2人が笑顔で並んでるとこを想像するだけでこんなに胸が締め付けられる。 まるできゅうっと音を立てているよう。 「名前ちゃん!?」 「ぇ…え…せんご、くくん?」 揺さぶられて目をあけると心配そうな顔の千石君がいた。ぱちぱちと何度かまばたきをして千石君を見る。 「何で…?」 いつの間にか眠ってしまっていた私は寝起きで頭がぼーっとしている。どうして千石君が保健室にいて、こんな心配そうな顔をしてるんだろう。 それより今何時かな。私はどれくらい寝てたんだろう。 「何かうなされて泣いてたから。怖い夢でも見たの?」 優しい顔で私の頭を撫でてくれた。それだけで私の心臓が飛び跳ねる。 「だいじょぶ…。何でもないの。今何時?」 「そう?もう昼休みだよ。名前ちゃんがなかなか帰って来ないから様子見に来たんだ」 まゆちゃんの目を盗んでね、とウィンクしてまた笑う。どうしてそこまでして私のところに来てくれたんだろう。 本当ならまゆちゃんといたいはずなのに。私、千石君の恋邪魔してるかも…。 「いろいろごめん、ね」 「名前ちゃん、こういう時は謝られるよりお礼言ってほしいなー」 千石君は優しい。私が申し訳なく思ってるのをわかってる。だから少しでもその気持ちを軽くしてくれようとする。 「ありがとう」 「どういたしまして」 本当に、私はちゃんと千石君を諦められるのかな…。 |