文化祭のオオカミさん | ナノ




遂に二日間に渡る文化祭が始まった。そして私たちのクラスの出し物、お化け喫茶は大盛況だ。



「お待たせしましたー。狼男のお月様パンケーキと雪女の冷たいかき氷です」



あんなに嫌だと言っていた蔵君も当日にもなってしまえば、もう諦めたのかなんなのか。あっという間に笑顔の狼男で接客をしている。


蔵君や謙也君はそのルックスから大人気で、写真撮ってもええですかなんてお客さんに聞かれているくらいだ。謙也君は吸血鬼のポーズなんてものすごくやる気満々で撮ってもらってるけど、蔵君は全部断っていた。あの姿を残されるのが嫌なんだろうけど、私だって一枚くらい撮りたいし欲しいかもしれない。

でも私も私で大忙し。裏方とはいえ、店内が大盛況なら注文もとても多い。作っては出してを繰り返して、開始数時間なのにへとへとだ。二日間こんな状態でもつのかな。


同じクラスだからっていうのもあるけど、みんなが気をきかせてくれて、蔵君とはシフトが殆ど一緒だ。二日間とも13時まで。一日目はその後は二人で文化祭を回る予定で、二日目は残念ながら、というか不服ではあるけれどカップルコンテストだ。つまり二人きりでいられるのは今日の午後だけ。だからどんなに疲れても頑張ってお仕事をやりきって、思いっきり楽しむんだ。



「狼男さーん、一緒に写真撮ってやー」
「はは、俺なんか撮ってもしゃーないですよ。それに俺彼女以外と写真撮る気ないんで」
「えー、残念。ほな吸血鬼さんはー?」



なんていう会話が展開されるのは何回目だろう。写真を躱すついでにさらりと惚気とも取れるような言葉を言うから私は裏で真っ赤だし、一緒に裏方をやってる友達はにやにやと見てくる。

普段から人前でも私には甘く優しい蔵君だけど、今日はいつにも増してすごい気がする。多分蔵君なりの逆ナン除けなんだろうけど、それにしても私の心臓はおかげでドキドキを通り越してバクバクだ。そして多分蔵君は私に全部聞こえてることも、そしてそれで私がこうして顔を真っ赤にしてることも気づいていると思う。



「あ、ほなら、彼女さんとのでええんで写真撮らせてください」
「…え?」



何人目の写真のお誘いだっただろう。もうそろそろシフトも終わりに差し掛かってた時にホールから聞こえた声に私は固まる。さっきまでのらりくらりと躱してた蔵君の声も聞こえないから、彼にも予想外で何て返すか困っているんだろう。



「それとも彼女さんクラスメイトやないです?他校の子?」
「いやー、まあ、なんちゅーか…」



蔵君は困っているけど、多分断るつもりなんだろう。私に聞こえているのがわかっているから他校の子だとか嘘をつきたくなくて、どう断るか考えているんだと思う。どっちにしても上手く断ってくれるだろうと思って、私は目の前の作業を続けようとしたら、文化祭委員が隣でにやりと笑った。ああ、これは、なんだか嫌な予感。


ぐいぐいと引っ張られてエプロンや手袋、マスクなどをつけたままホールに連れ出される。ちょっと、とか声をかけても文化祭委員は止まらない。そして蔵君の横に私を連れてきて、止まった。しかもご丁寧に手袋とマスクは外される。



「この子が彼女なんで撮ってええですよー」
「は?名前!?いや、待って…」
「白石君は黙って、ほら、ポーズとってー」



文化祭委員に押されて拒否権も何もなく二人でお客さんの前に並ばされる。彼女はうちの制服姿で、いろんなクラスで写真を撮って回っている写真部の子みたいだ。


もちろんデートでプリクラも撮ったことはあるし、二人で携帯で写メを撮ったこともあるけれど。それはそれ、これはこれ。だって人前でこんなの公開処刑に近い。蔵君を見上げると、蔵君も困った顔で私を見下ろしていた。それでも期待を含んだお客さんの目や、早くしろっていう文化祭委員の目から逃れることは不可能だと悟って仕方なく二人でカメラを見て並ぶ。



「ポーズって、なぁ…」
「んー、がおーとかでいいんじゃないかな?」



もうこうなればヤケだ。と思って私は顔の横に手を開いてがおーっと言って蔵君を見る。蔵君はそれを見て、一瞬固まり、そして目をそらした。心なしか顔は赤い。



「ほらほら、もうそれでええから。白石君も照れてないでポーズしてや」
「え、照れっ…!?」



今私のどこに照れ要素があったのかはわからないけれど、どうやら文化祭委員の言ったことは図星らしくて蔵君はバツが悪そうな顔をしていた。ほないきますよー、なんて言うお客さんの声に慌てて私たちはカメラに向き直る。



「が、がおー…」



恥ずかしそうに、そしてとても小さな声で言った蔵君。並んで同じポーズをした私たちをパシャリというシャッター音がとらえる。撮り終わったことを確認して蔵君を見上げるともうその顔は真っ赤だった。え、可愛い。



「もうあかん、俺、名前にフラれる…カッコ悪すぎ…」
「え、え!?なんで!?フラないよ!?大好きだよ!?」



さっきまで顔の横にあった手は顔を覆って隠して
いる。さらにその場にしゃがみこんではぁっと大きくため息をついた。私もしゃがんで落ち込む蔵君を宥める。

確かに今、かっこいいよりも可愛いと思ってしまったけど。別にかっこいい蔵君じゃないと嫌だとかそんな気持ちを彷彿させたわけでもなくて、むしろこんな可愛い蔵君もたまにはいいななんて思っちゃったくらいで。全然、全く、嫌いになんてなってない。



「いや、やから、そういうん人前で言うん恥ずいって…」
「え、あっ!!その…っ!!えっと…」



大好きだなんてこんな人がたくさんいるところでぽろりと言ってしまったことに気づいて今度は私が赤面する番だ。蔵君がフラれるなんて言うから思わず。それでも付き合ってるとはいえこんな人前で告白だなんて、ものすごく恥ずかしい。穴があったら入りたい。
誰かに助けを求めたくた見ても、謙也君はにやにやと見てるだけだし、文化祭委員はもはや呆れてる。写真を撮ってくれたお客さんはきゃーきゃー言いながら騒いでいる。ああ、もう、どうしよう。


結局は助け舟を出してくれたのは文化祭委員で、時間には少し早いけど今日のお仕事を終えてもいいと言われた。ということはつまりここからは私たちは二人で文化祭を回れるということで。



「ほな、行こか」



そうやって手を取ってくれる蔵君は、さっきの顔を真っ赤にしていた可愛さなんて少しもない。やっぱり蔵君はかっこよくて大好きな彼氏だな、と思ったのは口にしないで心の中で呟いた。