文化祭のオオカミさん | ナノ




狼男が似合う、なんてことを名前が言うからふざけとっただけ。それで二人でじゃれあってただけ。そのはずなのに、俺の理性が切れかけたのは、もちろん名前のせい。



「蔵君、大好き」



そんな言葉を愛しい彼女から聞いて、普通でいられる男なんておるんやろうか。不意打ちのその言葉と、珍しい名前からの抱擁で俺の心臓は簡単にノックアウト。誰の目もないならここでキスして、下手したらその先やってしとる。

名前が無意識に俺を煽ってくるんは今に始まったことやないけど、俺やって健全な男子高校生やから。どうしたってそういうことも考えてしまう。



「なあ、名前。ちょお来て」



あえてここで俺も好きやって返さずに、身体を離した。名前の返事も聞かずに、手を繋いでゆっくりと歩き出す。名前はえ?とかどうしたの?とか言うとるけど、そんなんガン無視。早く二人きりになりたいって思うんは仕方のないことやと思って欲しい。今日はカップルコンテストがあったから、一度も二人きりになることはできんかったんやから。



「どこいくの?校内は立入禁止だよ?」
「ん、知っとる」



知っとる、けどな。でも今確実に二人きりになれるんはここしかないねん。


教師の目を掻い潜って、廊下を歩いた先にはいつもはきちんと机が並んどる筈の教室。片付けの後で、まだ綺麗に並べきれてへんから、なんとなく教室が広く感じた。しんと静まり返った教室では、外から聞こえる生徒達の騒ぎ声がやけに大きく聞こえて、そのどれもこれもが楽しそうや。



「あ、蔵君!見て見て!あそこに謙也君いるよー」



俺の手からするりと離れていった名前は、窓に近寄って下を見下ろしとった。確かにそこには吸血鬼に扮した謙也がおるけど、俺にはそんなんはどうでもよくて。外の灯りを受けた名前の顔がいつにも増して綺麗で、そして楽しそうで。その瞳に俺だけを映して欲しいと思ってしまった。ゆっくり近寄って、外を眺める名前を後ろから腕の中に収めた。



「く、蔵君!?ど、どうした、の?」
「なあ、名前。キスしたい」
「へ?えぇ!?」



ぼそりと耳元で呟けば俺の言葉が予想外だったのかものすごく驚く名前。そんな名前が可愛くて思わずくすくすと笑う。



「あーからかったんだね?んもう、そういうのやめてよー」



腕をほどいて向き合ってみれば顔を真っ赤にして怒ったように頬を膨らましとったけど、そんな顔したって怒っとるようには見えへん。せやけど、ここで機嫌を損ねてしまうわけにもいかんから、頬にキスを落として謝っておく。名前はそれだけで機嫌を直して笑ってくれた。きっと元々そんなに怒ってへんかったんやろう。


にっこりと笑っていた名前が、表情を微笑みに変えて見上げてくる。俺もそれに微笑みを返しながら手を伸ばした。片手は腰を引き寄せ、もう片手はすべすべな頬に触れる。するとまるで猫のように気持ち良さそうにその手に擦り寄ってきた。親指で唇を撫でれば、恥ずかしいのか目を逸らしてしまったけど、そんなんは関係ない。ゆっくりと近づいてその柔らかい唇に触れるだけの温もりを届ける。



「…蔵君」



ああ、もう。


そんな愛しそうに名前を呼ばれたら俺かて抑えが効かんくなる。ここは学校で、いくら立ち入り禁止だと言えど、もしかしたら人が来るかもしれない教室。外を見れば眼下にはたくさんの生徒。あかんってわかってんけど、でもやっぱり止まることはできんかった。

頬にあった手は、髪を梳くようにしながらするすると移動してあっという間に後頭部へ移動する。もう一度唇が触れれば、さっきの触れるだけの可愛らしいキスやなくて、深く甘い口づけを落とす。何度も柔らかい名前の唇を食んでは吸い付き、呼吸をしようとして隙間ができた隙に舌を滑り込ませた。



「ふっ…ん、くらく、んっ」



どれくらいしとったんか。名前が苦しそうに俺の胸をとんと叩いたのに気づいて、キスをやめて見下ろした。目の下あたりを赤く染めた名前はごっつ色っぽくて、歯止めが効きそうにない。



「は、恥ずかしいよ。なんでこんなところで…」



はあっと息を漏らして、目をとろんとさしてる。そんな顔でそんなん言われても説得力はない。俺の腕の中で見上げる上目遣いの大きな瞳は、さっきのキスが苦しかったんか、それとも恥ずかしさからか少しうるうるしとって、それすらも俺の欲情を誘う。なんでってな、それは、



「ほら俺、狼やから。名前んこと食べてしまいたくなってん」



二日間嫌々ながら、せやけど楽しんでなりきった狼男。ここでこの設定を使わずしていつ使う。今なら文化祭委員に感謝したってええ。


頭の獣の耳や腰についとる尻尾を外してそこらへんに放り投げた。羽織っていたジャケットも脱いでしまえば、俺が着とんのは薄いシャツだけ。それでもう一度名前をぎゅうっと抱きしめれば、さっきよりも近くに感じてなんや嬉しくなった。



「な?」
「ひゃあっ」



わざと耳元で、嫌らしく声を出す。びくりと反応した名前の耳に舌を這わせた。嫌がったらやめようって思ってたのに、名前は意外にも俺の背に腕を回してくれた。それに少し驚いて、でも嬉しくて無意識に笑みが零れた。



「俺も、名前んこと、むっちゃ好きやで」



さっきわざと言わなかった言葉を口にして、大好きな愛しい彼女に甘いキスを落とした。