文化祭のオオカミさん | ナノ




一日目は楽しかった。

午後は二人で手を繋いで文化祭を回って、それからクラスに戻ってみれば一日目分として用意してたものは完売していた。もう一度言う、一日目は楽しかった。

二日目も昨日と同じで蔵君はお客さんからの写真をのらりくらりと躱してる。写真は取られなくなったけど、もはや恥を捨てたのか、お客さんの要望に応じてがおーなんてポーズをして、オーダーを増やしてもらってたりする。そういうとこやっぱ関西人だ。

私との写真なんていう無茶振りもないし、とても平和に忙しく楽しく過ごしていた。けれど、私は忘れていた。



「今日はどこ行こうか、蔵君」
「…名前、もしかして忘れとる?」
「え?」
「今日はカップルコンテストやろ」



言われてはっと気づく。そっか、そうだった。私たちは準投票を通過して、今日の本投票のためにステージに上がらなければいけないんだった。文化祭が楽しすぎて忘れていた。


ステージに上がるからといって、出場者各位は特に何かするわけじゃない。普通に制服姿でオーケーだし、進行役やお客さんからの質問に答えるだけだ。投票はその場にいる全員が出来るけれど、結果発表は後日校内新聞で行われる。誰がベストカップルかなんていうのは副産物でしかなくて、ようはそんなもの関係なくただただ盛り上がるためだけのイベントなんだとか。(生徒会談)



「蔵君…」
「ん?」
「あの、サボるというか逃げるというか…そう、悪い言葉で言うならずらかるってのはどうでしょうか」



最後の最後に一縷の望みをかけて蔵君に提案してみるけど、蔵君は無言で首を振るだけだ。まあそうだよね、無理だよね。わかっていましたとも。


どんなに嫌でも時間は待ってはくれない。カップルコンテストが始まる三十分前には出場者控え室として使われている教室に私たちは集合した。私たちを含む五組のカップルがいて、そこに学年という垣根はなさそうだ。紹介する声に呼ばれたらステージ上に来て、あとは司会進行の指示に従ってくれればいいという説明を受けて、時間を待っていた。そうこうしているうちに、誘導の生徒会役員がやってきてステージ袖まで移動する。


ああ、始まってしまう。


そう思うだけで緊張はピークだし、足は震えてしまう。テニス部で部長をやってる蔵君とは違って私は人前にこうして出ることはほぼないから慣れていないし、当然苦手だ。一言で言うなら、怖い。あんなに多勢の前に立つのが、その視線を受けるのが、私には初めての経験だし恐怖の対象でしかない。だからカップルコンテストに参加するのは嫌だったのに、なんて今更言っても遅いのはわかってはいるけれど。それでも誰かにそう言いたいくらいには私は今緊張している。


「お待たせいたしましたー!遂に始まりました、四天宝寺文化祭恒例のカップルコンテスト!!ベストカップルを決めるこの大会、今年はどのカップルがその栄光を勝ち取るんか……」



司会進行がマイクを通してカップルコンテスト開催を宣言するのが聞こえる。よくありがちな謳い文句なのに、所々笑いを取るのはさすが四天宝寺生。そしてコンテストの説明を終えると、順番に出場者が呼ばれていく。



「エントリーNo.1。サッカー部の一年レギュラーで、その笑顔は可愛らしくもかっこええと評判。これからも期待大の超優良物件、山本浩介。年下彼氏をゲットしたファンクラブ上がりの二年一美人。駅前に立てばナンパは避けては通れない、全ての男を虜にしてしまう女神の微笑みを持つ、川崎優香」



わーっという歓声と共に出ていくカップルは年下なんだけど、本当に美男美女カップル。彼らだけじゃなくこのステージ袖にいるカップルはみんな素敵なカップルに見える。そう考えると私なんかがこんなイケメンな蔵君の隣に並んでいるなんて、烏滸がましい。

紹介の声に従って順番に出ていくカップルを眺めると、思わず足が竦む。不安を隠しきれずに、それでも気づかれまいとして俯くと、四番目の私たちの紹介がされ始めた。



「エントリーNo.4。四天宝寺一の色男と言ったらこいつしかおらん。その爽やかフェイスで数々の女子生徒を魅了してきた、無駄嫌いイケメン聖書テニス部部長、白石蔵ノ介。そんな彼のハートを射止めたのは、可愛さと愛らしさを併せ持つ天使。おっちょこちょいの恥ずかしがり屋、名字名前」



名前を呼ばれて蔵君はステージ上に向かって歩き出そうとする。それでも私はその足についていくことができない。

だって、私は紹介してもらったみたいに可愛いわけでも、ましてや天使でもない。そんな私が蔵君と並んでステージに上がるなんて、やっぱりできないと思ってしまう。それに、どうしてもあんなにたくさんの人の視線に耐えられる気はしない。



「名前、大丈夫」



そんな私の心境を察したのか蔵君は立ち止まって私の手をきゅっと握る。指を絡めて掌と掌の距離がなくなると、大きくて温かい蔵君に包まれているような気がしてくる。そのままその手を引くと私をその胸で受け止めた。



「俺が隣にいてる。せやから、何も怖くあらへん」



耳元で囁かれると、それはまるでおまじないのようすうっと心に溶けていく。蔵君の低くて落ち着いた声が私のざわつく心を鎮めてくれる。蔵君が大丈夫って言うと、本当に大丈夫なんだって思えちゃう。いつも私に優しくしてくれて、守ってくれて、助けてくれる蔵君は私にはヒーローだ。

私が黙って頷くと、蔵君は一歩私から離れる。そして私の大好きな笑顔で笑った。



「名前!楽しんだもん勝ちや!」
「…うん!」



にっこりと効果音がつきそうなほどの笑みを浮かべて、私たちは手を繋いだままステージ上へと歩き出した。