文化祭のオオカミさん | ナノ




いつまでも嫌だ嫌だと言ってるわけにもいかず、というかせっかくなら文化祭を楽しみたいわけで。文化祭二週間前にもなれば、クラスの出し物であるお化け喫茶の準備でとても忙しくなった。蔵君たち部活に入っている人達も合間を縫って休み時間などに協力してくれている。今は既に学校中がお祭り気分だ。



「ここの装飾どないする?」
「これもっと大きくしようや」



そんな会話があちこちで飛び交う中、教室に響く文化祭委員の声。



「はーい、接客の人集まってー!衣装できたから衣装合わせすんで」



そう、この時がきたのです。

衣装はクラスの演劇部の子が中心になって作っていて、出来上がるまでは着る本人たちもどんなものになるかは知らされていなかった。つまり今日が初のお披露目になる。ちなみに謙也君は吸血鬼をやるそうで、衣装をすごく楽しみにしていた。のだけれど。



「俺、ちょお部活のことでやることあったの思い出したわー…」



なんて彼にしては珍しいあからさまな嘘をついて立ち上がる。蔵君は結局今日まで何回聞いても何をやるのかを教えてくれなかった。どうせ当日になったらわかるのにね。何も言わずに様子を見ていたらそそくさと教室を出ようとする。そんなに変なお化けいたかな、なんて思い浮かべるけど元々怖いのがあまり得意じゃない私が思う考えつくお化けは大して多くない。



「白石君、逃がさへんからねー」
「や、ほんま、俺、用事あんねんて」



はは、といつもの爽やかスマイルとは真逆の苦笑いを浮かべて教室を走って出ていった。それを見た文化祭委員の子はにやりと笑って謙也君を見る。



「忍足君、白石君を捕まえて!」
「おう、任しとき」



まあそうだよね。あの蔵君を追いかけて捕まえられるとしたら謙也君しかいない。二人ともテニス部でレギュラーなくらい鍛えているし、そもそもの身体能力も高い。普通の人が追いかけたところで追いつけっこない。 結局、数分後に謙也君に連れられて戻ってきた蔵君はあれよあれよと被服室に連れていかれてしまった。


十数分して戻ったきた接客メンバーの服装はクラスメイトたちを驚かせた。演劇部監修の元作ったとはいえ、とてもクオリティが高い。というかこれ暗闇で出てきたら本当に怖い自信がある。雪女とか魔女とかフランケンシュタインとか包帯男とか、本当にいろんな種類のお化けがいて、当日はさらにメイクもしてさらにお化けらしくなるんだとか。蔵君はいつも左腕に包帯してるし包帯男なのかなって思ってたけど、違うみたいだ。あれ、というか蔵君が、いない…?



「ほら、早う入りって」
「や、ほんま、堪忍してや。マジで無理やって」



ドアの影から聞こえる声は紛れもなく謙也君と蔵君。蔵君があそこまで本気で拒否を示してるのに、反対の謙也君はどことなく楽しそう。ごめん、蔵君。正直私も蔵君が何のお化けやるのか気になって仕方ないです。


どうやら押し問答の結果蔵君は諦めたらしく、謙也君と二人で教室に渋々入ってくる。

謙也君は吸血鬼の格好。黒いマントや赤いタイ、それから牙がとてもそれらしくてかっこいい。これならきっと謙也君吸血鬼は怖いというよりは人気者だろう。そしてその視線をずらして、散々嫌がっていた蔵君に目を向ける。と、蔵君は私と目が合った瞬間顔を真っ赤にして恥ずかしそうに斜め下に顔を背けてしまった。



「え、蔵君、それ…え?」
「ほーら、彼女。声かけたってや」



にやにや笑う謙也君に手を引かれて蔵君の前に進み出る。それからまじまじと彼を観察する。

全身はほぼ黒い服で、スタイルのいい彼にはとても似合う。似合うのだけど。恥ずかしそうに赤らめる顔を通り越して上を見上げれば、ミルクティー色の色素の薄い髪に存在感のある黒い耳。さらに身体越しに見える黒い尻尾。え、これはいったいどういうこと。どうして彼はお化けというよりこんな可愛らしいことになっているんだろう。



「やー、白石君やっぱええね!似合う似合うー!狼男で正解やわ」



なるほどね。この耳や尻尾は狼男のそれなわけだ。配役が決まって何度尋ねても教えてくれなかったのは、こうなることがわかっていたからってことみたいだ。
他のお化け役と同じようにちゃんとリアリティーある耳や尻尾なのに、どうしてかなんだか怖くない。それは多分顔が蔵君だからってのもあるんだろうけど、なんだか狼というよりただわんちゃんに見えてしまう。



「なんで俺こんなんせなあかんねん…」
「白石君が逆ナンされないような格好って言ったんやんか」



まあ確かに。例えば蔵君が謙也君の吸血鬼の格好なんてしたらかっこよすぎて女の子はみんなメロメロかもしれない。でも正直これもこれで、イケメンが獣耳やら尻尾やらはやしてる姿は可愛らしいというかギャップというか、かっこいい路線とはまた違った路線で女の子のハートを射止めてしまいそうな気がする。



「名前も、そんな見んといて…」



顔を赤さを見せないようにか、大きな手で顔の下半分を隠す。それでも我慢ならなかったのか、その場で座り込んでしまう。がっくりと項垂れる蔵君が、いつもはかっこいいはずの蔵君が、なんだか今日はとても可愛くて。目線を合わすようにしゃがんで、みんなが周りにいることも忘れて思わず手を伸ばした。

日々部活で太陽に当たっているはずなのに殆ど傷みのない柔らかな髪の毛を触りながら、いつもとは逆に私が蔵君の頭を撫でた。普段は私より上にある頭を撫でているのが少し新鮮で、ふふっと笑みを漏らすと、蔵君はまだ少し赤い顔のまま私を上目遣いで見上げた。



「蔵君はどんな格好でもかっこいいよ?」



にこにこと笑顔で伝えた言葉は紛れもなく本心。教室にいる時の学ラン姿だって、部活をやってる時のウェア姿だって、デートの時の私服姿だって。どんな時も蔵君はかっこよくて自慢の彼氏なんだ。


いちゃつくなとか、二人の世界つくんなとかそんな周りの言葉がかかるまでただ二人、はにかんだ笑みで見つめあっていた。