文化祭のオオカミさん | ナノ




文化祭ではクラスごと、部活ごと、更に委員会等、いろんな枠組みで出し物を出す。それは模型や模造紙を使った研究発表をはじめとして、自分たちで全部作り上げる劇、屋台やカフェ、お化け屋敷なんかまでなんでもありだ。けれど一応出し物は学年で平等になるように決められていて、研究発表、飲食店、劇類に分けられる。

うちのクラスは劇類希望だったらしいけれど、残念ながらくじに外れて第二希望の飲食店だ。帰宅部の私は何も他にやることもないから、クラスの準備だけ頑張ればいい。


どんな飲食店にするのか話し合いの結果、第一希望だった劇、というかお化け屋敷がどうしてもやりたかったみたいで、お化け喫茶になってしまった。ウェイター、ウェイトレスはお化けの格好をして接客をするんだとか。まあ変なコスプレやメイド喫茶とかよりはましだけれど、それでもお化けなんかでお客さん入るのかな。



「蔵君は結局何をやるの?」
「……」



接客と裏方で分かれて話し合いをしていたため蔵君が何のお化けをやるのかは知らない。それを聞いているのに、強制的にウェイターになってしまった蔵君はむっすりと拗ねていた。

ちなみに私は裏方だ。人前に出るのはあまり得意ではないし、料理が得意なこともあってウェイトレスからは外してもらえた。でも蔵君はそうではなくて。彼は人当たり抜群だし、さらに顔面偏差値も人一倍高い。だから有無を言わさずウェイターになったわけなんだけど。


文化祭で顔を出していると昔からろくなことがないらしい。というか主に逆ナンらしいけど。接客なんかするならもちろん笑顔でなければいけないし、その素敵な顔を晒していれば女の子は嫌でも寄ってきてしまう。蔵君は逆ナンは苦手だし、私としては別に不安はないけど、本人は想像するだけでご機嫌ななめだ。



「…文化祭休もかな、俺」



もちろん蔵君だってそんなことできないのはわかってる。でもそれほどウェイターをやるのが嫌なんだろう。なんだかそんな反応が珍しくてくすりと笑ってしまった。それに気づいた蔵君は私を見て、はぁっとため息をついた。私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、最後にぽんぽんとしてからいつも通りのきりっとした顔をした。



「まあ名前が接客して変な男に近づかれるよりはましやな」
「そ、そんなことありえないよー」



とりあえずもう諦めたらしく、頑張ろななんて笑う。ああ、もう。きっと蔵君はなんだって楽しみに変えてしまう。それがやりたくないウェイターだろうと、裏方だろうとなんだろうと。その笑顔を向けられればどんなに嫌なことでも楽しくできてしまう。



「楽しんだもん勝ちや」



そう言った蔵君は相変わらずかっこよかった。





*****





楽しんだもん勝ちやって蔵君は言った。それはつい昨日の話。でも私は現状とても文化祭が楽しめるとは思えなくなってしまった。

大好きな彼氏が同じクラスで、一緒に出し物をやって、自由時間は一緒に回って、後夜祭も多分一緒にいられる。楽しくない筈がない。とさっきまでは思っていたのだけれど。

“カップルコンテスト決勝進出”なんて書かれた紙が校内掲示板に張り出されていた。二週間前あれほど拒否しても参加することになってしまったというのに、私はこの存在をすっかり忘れていた。もちろん私は随分前に自分たちではなく他のカップルに投票のしたのだけれど。


そこには残念ながら私と蔵君の名前があった。それを見た友達はおめでとう、優勝まで頑張れなんて言ってくれたけど、あまり嬉しくない。そもそもコンテストなんて出たくなかったのだから。



「ほんとのほんとに辞退はできないのかな…」
「小春が一度無理やって言ったら無理やろうな」



蔵君はもういろいろと諦めてるのか、それとも腹を括ってるのかばっさりと私の希望を切り捨てた。ああ、やだな。蔵君のことは大好きだけど、それでも二人でステージに上がるなんて。

楽しみだった文化祭が急に嫌なものへと変わってしまった。今なら昨日の蔵君の気持ちがわかる。



「私、文化祭休もうかな」



もちろん本気じゃないし、休めないのもわかってるけど。それでも今は本当にそんな気分だ。机に突っ伏してため息をついたら蔵君の大きくて温かな手によしよしと頭を撫でられた。



「名前がおってくれへんと俺女の子に逆ナンされてまうから休むのはナシやで」



逆ナンされるのが決定事項なのは蔵君くらいかっこよかったらしかたないとして、私がいたところで逆ナンを回避することはできないと思うのだけど。まあどっちにしてもクラスの仕事もあるし休むことはできない。カップルコンテストだってきっと一瞬だ。あのステージ上に立つ小一時間耐えれば、あとは楽しい文化祭なんだから。

楽しんだもん勝ち、その言葉を思い浮かべて私は無理矢理笑った。