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謝るだけ謝って逃げ出した背中を追うことはできなかった。突然のことで対応ができなかったのもあるが、それだけじゃない。あいつは確かに言ったんだ。俺に関わりたくないから逃げた、って。



「チッ」



舌打ちをしてあいつが出ていった体育館の出入り口を睨む。

なんだってんだ。俺が何したっていうんだよ。関わりたくない?そこまで言うんなら何か理由があんだろうが。



「おい、俺も混ぜろ」
「あ、おい!青峰!」



体育館でバスケもどきをして遊ぶ奴らからボールをカットして奪う。そして俺は阻止しようとする奴らをごぼう抜きにしてシュートを決めるため、ボールを高く投げた。それは真っ直ぐゴールリングに向かって放物線を描く。それなのに、



ガコッ…



地面でバウンドするボールはネットを揺らしてはいない。僅かに力んでしまったのか、リングに弾かれたボールは別の人間の足元に転がっていく。それを見て周りは驚いたように固まって、そのあとに惜しかったなと声をかけてくる。そしてまた何事も無かったようにプレイが再開された。

完璧なフォームで投げた。しかもあんなにもゴールに近いところから。それなのに入らなかったシュート。それは俺の心を表しているようだ。苛立ちか、はたまた動揺か。



「あークソっ」



頭をガシガシ掻いて俺はゴール下から離れる。



「青峰ーもうやんねぇの?」
「悪ぃ、今日はダメだわ」



俺は軽く手を挙げて体育館から外に出る。

無風だった体育館から一歩出ると、梅雨が終わったばかりの今、夏らしい生暖かい風が俺の頬を撫ぜた。そして緑色の木々が揺れ、地面に落ちる黒い影もゆらゆらと動く。障害物の葉を躱した陽光が俺の肌に落ちて斑な模様を作った。空を見上げると視界は一面緑色で微かに太陽が見えて少し眩しい。

目を細めた俺が考えるのはあの女のことばかり。



「あいつ何なんだよ」



それだけ苛立ちと共に吐き出した。ポケットに手を突っ込んで教室への道を帰る。青山のクラスの前を通った時、こっそりその教室を覗いた。

そこにいたのは俺に謝っていたあいつではなくて、クラスメイトと話すあいつだった。



「委員長、次の授業のさ…」
「うん、それはね、」
「ノートここに置いとくね」
「あ、ありがとう」



きっと目立つ方じゃないだろうが、人には好かれるタイプらしい。それは委員長という役職も表しているし今周りの人間との会話でわかる。そんな奴が何で俺と関わりたくないとまで言うんだ。俺が目立ちすぎるからか?


自慢じゃねぇが俺は人より目立つ。それはこの桐皇バスケ部で一年にしてスタメンをとっている実力者だからだ。全中で優勝をした俺たち帝光バスケ部はそれぞれ強豪校に散って、更に高校バスケ界では皆一年にして既に注目されている。他校であっても少しバスケを齧ってる奴らなら俺たちのことを知ってる奴も少なくはないと思う。



「青峰ー、珍しく起きてるじゃないか。問7答えてみろ」



数学の授業で教師に指名されて授業中なことを思い出す。

俺は大抵授業中は寝てるかバスケ雑誌を読んでるかだから教科書を机上に開いているのは珍しい。だが勿論内容は一切わからねぇ。というか開いてるページも違う。



「良パス」
「えぇっ!?」
「いいから答えろ」
「こら、青峰っ!自分で考えろ」



教団から俺に向けて言葉を発する教師を無視し、俺は頬杖をついて窓の外を見上げた。


あいつが俺に関わりたくないと言った理由はわからねぇし、何かした覚えもねぇ。そもそも名前を知ったのだってつい最近だ。ただ、教室でのあいつを見て、俺だけにあんなに怯えたような態度はムカつく。



「青峰、聞いてるのか!?」



気持ち良く晴れた空は真っ青。暑い日差しが照りつける。その日差しから目を背ければ、黒い影と共に丸められた教科書が降ってきた。



「いってぇ」