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連れてこられたのは体育館。

青峰君らしいといえば青峰君らしいけれど。そこはお世辞にも人気がないとは言えない。夏の始まりでもう蒸し暑さが始まってるとはいえ、元気な高校生男子たちは昼休みも体育館でバスケットのような遊びをしている。制服のまま走り回るものだから、きっと彼らは次の授業は汗だくで受けることになるだろう。



「チッ、うるせぇな」



一つのゴールリングの下で戯れる男子たちを見て青峰君は舌打ちをした。そんなことを言うならもっと人気のない所を探せば良かったのに。



「あの、青峰君」
「何だ俺の事知ってんのか」



私は未だに掴まれたままの腕を話してもらおうと彼に呼びかける。その呼びかけに対して青峰君は意外そうな顔をした。何でだろう。桐皇で、しかも同級生で青峰君を知らない人がいる訳が無い。全国区のバスケ部で一年にしてレギュラーを取り、更には既にエースとして地位を築いている彼を知らない人がいるなんて思う方がおかしい。



「てっきり知らない奴に名前呼ばれてビビって逃げたのかと思ったのに違うのか」
「へ?」
「昨日だよ、昨日。声かけたらお前走って逃げただろ?だから俺の事知らなかったのかと思ったんだよ」



ああ、なるほど。彼は彼なりに考えてそういう考えに至ったのか。それならそれで良かったのに。知らない人ってことにしとけばよかったな。もとより彼とは接点なんてないのだからそう言っても怪しまれなかったかもしれないのに。



「じゃあなんで昨日逃げたんだよ」



確信を突かれて私は言葉を失った。そんなにストレートに聞かれると、どう答えていいかわからない。まさか、



「関わりたくないから逃げました」



とは本人に向かって言えない。それがたとえ、好きだからこそこれ以上欲深く貴方を求めたくないという理由であっても。



「…そりゃどういう意味だよ」
「え?」
「俺に関わりたくねぇってどういう意味なのか言えよ」



一瞬目の前が真っ白になった。煩いはずの体育館なのに、音も全く聞こえなかった。ただ、目の前には眉間に皺を寄せた浅黒い肌の彼。鋭い瞳で見られて私はやってしまったことに気づいた。心の中で呟いたつもりが口に出していたらしい。



「俺、お前に何かしたか?」
「いや、あの、そうじゃなくて」
「じゃあなんなんだよ」



苛立ったように私に答えを求める青峰君が怖い。バスケの試合中のような眼光で睨む彼には恐らく今私は敵のような認識なんだろう。


嫌われちゃった、かな。


けれど、私は弁解ができなかった。否、しなかった。このまま好きと伝えなければ、青峰君は私のことを気にもとめずに普段通り過ごすことだろう。わざわざ関わりたくないと言った女に自分から関わりに行くような人ではない。きっとそっとしておいてくれる。

本当は好きだから、青峰君の側にいたいけれど。私じゃ桃井さんには敵わない。というより二人が幸せならそれでいいんだ。私の気持ちなんて青峰君に伝える必要はない。



「ごめんなさいっ!」



がばっと頭を下げて、すぐに踵を返した。

いきなり謝られて、青峰君は呆気に取られたのかさっきまでの険しい顔ではなくぽかんとした顔で停止している。その隙に私は全速力で逃げ出した。運動部のエースで、鍛えている青峰君が追ってくれば確実に追いつかれてしまうが、彼は追ってこない気がした。何故だかそんな気がしたんだ。



「あ、おい、待て!青山!」



体育館を丁度出るか出ないかのところで青峰君の声が聞こえたけれど、無視だ。これ以上彼に関わってはいけない。これ以上好きになっては、いけない。


結局私はまた逃げ出すことしかできなかった。