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逃げてしまった。


今はやっと部活の練習時間が終わる頃だし、バスケ部に所属する青峰君は当然その練習に参加しているものと思い込んでいたから、まさか青峰君がいるとは思わなかった。

高校に入学して入部した部活がまたしても手芸部の私は、着替えや施設整備などがある運動部より少し帰りが早い。こんな中途半端な時間に青峰君に会おうとは予想できるわけがない。それに私は知っている。青峰君は部活が終わった後も自主練をしているということを。


あの公園は帰り道だし、ただちょっと音がしたから寄ってみただけだったのに。そこにいた青い彼は数年前に見かけたときより数段かっこよくなって、声をかけることはできなかった。簡単に言うなら、見とれていた。ただそれだけ。声を発することはできなかった。



「どうして私の名前知っていたんだろう…」



私は目立つ生徒じゃない。強いて言うなら現在は学級委員長なるものをやっているくらいだ。それに青峰君のクラスには接点もほとんどない。青峰君に知られているはずなんてないと思っていたのに、名前を呼ばれて驚いた。思わず変な声を出してしまうほど。


どうしよう。明日も勿論学校なのに。普通に生活してれば会うこともないのだろうけど、明らかに逃げた私を変に思ったに違いない。怒っていたら、嫌われてしまったら。謝れば許してくれるだろうか。










「よう、青山いるか?」



翌日、教室の入り口でクラスメートに私の名前を聞く声がした。


低く男らしい私の好きなあの声で、呼ばれるはずの無い私の名前。それがどうして今呼ばれているのかは確実に昨日のせいだ。あわよくば私のことなんて記憶の片隅に追いやっていてくれてはしないだろうかと考えたのに、青峰君は今日、律儀にも私を訪ねてきた。



「委員長?いるよ、あそこの寝てるやつ」



いいえ、私は寝てません。とは勿論言わない。一番青峰君が訪ねてくる可能性が高いのは昼休みだと考えた私はそうそうにお昼を食べて机に突っ伏した。寝てるふり。きっと私を起こす人はいない。青峰君だって初対面の人を起こしてまで話しかけてくるとは思えない。



「おい、青山」



まじか。起こしてきた。いや、無視だ、無視。そこまでして起こしてはこないでしょう。



「俺が話しかけてんだから起きろ」
「いった…」



バシッと頭を叩かれたことで思わず声を上げてしまった。信じられない。初対面の人を起こす方法で頭を叩くなんて前代未聞だ。力は入れていなかったつもりなのだろうけど、それでも予想していなかった痛みに顔を顰める。



「なんだ、起きてんじゃねぇか」
「イエ、イマオキタノデス」



思わず片言の言葉を話して彼を見上げる。思わず私はじっと彼を見てしまった。



とても、大きい。勿論私が座っていることもあるけれど、そんな問題ではないだろう。たとえ私が今立っていたとしてもおそらくそのイメージは崩れない。高校生男子の中でかなり大きい方だと思う。

そして日に焼けたような人より少し黒い肌。室内競技なのだから日焼けではないはずだ。つまり地黒なのだろうけど、その褐色の肌に男らしささえ感じる。



「ちょっと来いよ」
「え、わ、待ってくださいっ!!」



私の腕はその浅黒い無骨な手によって引っ張り挙げられる。

彼の行動への驚きは当然あったのだが、それよりも。腕にただひたすら感じる燃えるような、熱。それはきっと夏だからとかそんな単純なことではなく。青峰君への感情が、彼が触れる一箇所に集まってしまったかのような感覚。





私は気付いていなかった。

熱い、暑い、夏が来るのはもう目と鼻の先。