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一日の最後のHRが終わると同時にがらりと大きな音を立てて開いたうちの教室のドア。そこに立っているのはもちろんうちのクラスの人間ではない。今日は欠席者もいないしHRには全員参加しているのだから。



「青峰ー、お前のクラスはここじゃないぞー」



HRを終えたばかりの先生はドアの前に立つ巨人こと、青峰君に注意をする。正確にはたったいま放課後になったのだから注意する理由も必要もないのだけれど。

青峰君は先生にちらりと目をやってから、それでも無視を決め込んでずかずかと教室に入ってくる。放課後になったというのに、周りのクラスメートは誰一人ざわつくことも立ち上がることもなく、青峰君の動向を見守る。

けれど私には分かっている。彼が何をしに来たのか。私が考える中ではそれ以外に青峰君がこのクラスに来る理由は思い浮かばないのだ。



「おい、青山」



はあ、やっぱり。


彼は今日私から借りていった数学の教科書を返しに来てくれたのだ。それ以外に部活があるであろう青峰君がここにやってくるはずはない。でも何もこんなに威圧感というものをたくさん携えて訪問してくれなくてもいいのに。

教科書を貸したときは放課後も会えると思うと少し嬉しくも感じたけれど、よくよく考えればやっぱりこの感情はよくない。青峰君を好きだという気持ちは彼女の桃井さんへの羨ましさと申し訳なさを一緒に連れてきてしまうから。

そうかと言って、名前を呼ばれて無視するわけにもいかずに青峰君を見上げる。ただでさえ大きい彼は座っている私には相変わらずの巨大さを感じさせる。けれどこの角度で見上げるのももう慣れたものだ。彼はよくうちのクラスに、というか私を意味もなく訪ねてくるし、私は自分の席にいることが多いから。



「教科書ですよね」



受け取ろうとしたのだけど、青峰君の手に教科書はない。その手にあるのは通学かばんだ。つまり青峰君は今すぐにでも帰れる状態ということ。きっと教科書を返したらすぐに部活にいくのだろう、なんて考えを巡らせて教科書がそのかばんから出てくるのを待つ。けれどそれは一向に開くことはないし、私の教科書がそこから出てくることはない。



「はやく荷物かばんに入れろ」
「はい?」
「早くしろよ」
「あ、はい!」



指示された通り慌てて教科書やら筆記用具をかばんに詰め込むと、二の腕あたりをぐいっとひかれて立ち上がらされた。あの、だとか、ちょっと、だとか声をかけてみるけれど、青峰君は私の声を無視して引っ張るようにして歩き出す。そんな私たちをクラスメートも先生も何も言わずにぽかんとして見送ったのだった。



「ほら、靴履けよ。行くぞ」



やっと彼が口を開いたのは下駄箱だった。ぐいぐいと引かれながら青峰君のペースで歩いて、というか小走りしていたのでついていくのに必死すぎてどこに向かっているのかわからなかった。



「なんだよ」



どこに行くのか不思議に思って見上げると、青峰君はもう靴を履き終わったのか私を見下ろして待っていた。


青峰君はこれから部活があるはずだ。だから教科書を早く私に返して、すぐにでも体育館にむかうはずなんだ。こんなたくさん人が通るところで彼女でもない私なんかといるところを見られてはいけない。桃井さんに知られたら、きっと彼女は悲しむだろうし、私はそんなこと望んでいない。

それなのに、私の理性とは反対に、一緒に行きたいと考えてしまう私がいる。だって青峰君は私の好きな人だ。だから一緒にいたいと思うのも当然だし、もっとたくさん話したいと思うのもきっと普通のことだ。



「行くぞ」
「ど、どこに」



私の質問に答えることなく青峰君は歩き出した。その大きな背中を追うようにして私も歩き出す。これは決して悪いことじゃない。だって私はまだ青峰君から教科書を返してもらっていないし、青峰君を追いかけるのは当然のこと。だから桃井さんもわかってくれる。そう自分に言い聞かせた。言い訳だってことはわかってる。でもそうでも言い聞かせないと、私は青峰君の後を追えない。自分の欲望のために桃井さんを不幸にしようなんて思っていないんだから。



「おせぇ」



少し距離のある先から青峰君の声がして立ち止まった彼に走り寄る。ごめんなさいと言おうとして見上げたら、青峰くんは私の手を引いた。さっきは二の腕だったけど今度は完全に手だ。さすがに恋人繋ぎとかではないし、特に他意もないのだろうけど。好きな人に手を握られたという事実で私の心はドギマギと大きな音を立てる。



手を繋いだまま学校をでた。その時には青峰君の部活のこととか私の教科書のこととかは、もうどうでもよくなっていた。