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全部全部夢なんじゃないかって。いや、本当に夢は見たのだけれど。
起きて間もない寝ぼけ眼の私にはどこまでが本当でどこまでが夢だったのかがわからなくなるほど混乱していた。



「嫌いじゃねぇじゃん、俺の事」



そのまま腕を引かれ、逞しい身体に包み込まれ、そして青峰君の顔が近づいてきた。


そこで私は飛び起きたのだ。わぁぁあと大きな声を上げて。確かに同じ言葉は言われたけれどその後の行動は全く違う。夢では危うくキスか何かでもしそうな勢いだったけど、現実での私はダッシュで青峰君から逃げた。



「夢だ、夢だった。うん、そりゃ夢だよね」



危ない危ない。何を私は勘違いしているんだ。嫌いって言ったから理由が気になって追いかけ回されていたけれど、彼の中で、実は嫌わてないってことで納得したみたいだからもう私のところには来ないだろう。

だからちょっと寂しくなってこんな夢を見てしまったんだ。関わってはいけないと思いつつも、やっぱり近くにいて話すことができるのは嬉しかったから。


桃井さんのためにも、私は青峰君には近づかない方がいいんだ。だからこれでいい。もう遠くから眺めるという元の距離に戻った。はずだった。



「おい、青山」
「はい!?」



休み時間に声をかけてきたのは、もう来ることもないと思っていた隣のクラスの彼。もう私に関わる理由もなくなったはずなのに、ポケットに手を突っ込んだ青峰君は私の席の隣に立っていた。



「…何でしょう」
「数学の教科書貸せ」



思わぬ頼み事をされて私は固まってしまう。


数学の教科書?青峰君が教科書を忘れたからってわざわざ借りになんて行くだろうか。私の記憶が正しければ彼はそんなに真面目な生徒ではないはずだ。

しかも、そんなに仲良くない、それどころかつい最近までほとんど関わりのなかった私なんかに借りに来るのは疑問でしかない。



「あの…?」
「何だよ、持ってねぇのか?」



訝しげな顔をして私を見る。あるにはあるけれど。ここで教科書を貸すってことは返しに来るってことで。終わるはずだった青峰君との関係も途切れないということだ。

もう少し関わっていたい、近くで見ていたい、そんな願望が実現すると桃井さんに申し訳なくなる。私がもし万が一彼女だったら、自分の彼氏がわざわざ他の女の子に構っているのは少し気分が悪い。



「あるけれど…」



結局、これは不可抗力だ、と言い聞かせて机から数学の教科書を取り出した。何にせよ教科書がなくて困ってるわけだし、それを無視できる訳が無い。



「サンキュー。放課後返しに来るわ」



私の教科書を持ってふらりとうちのクラスを出ていった。そんな彼の後ろ姿をぼーっと眺めて、それから発言を思い出し、はっとした。


放課後に返しに来る、つまり放課後も私に会いに来る。少し先の未来の、ほんの小さな約束なのに、こんなにも嬉しいのはやっぱり好きだからなんだろう。



「委員長って青峰君と仲良かったっけ?フッたんじゃなかったの?」
「そもそも告白されてないってば」



青峰君が出ていったドアを見つめて不思議そうに聞いてきたクラスメートに苦笑を漏らす。彼女のいる彼が告白してくるなんてあるわけ無いって何で気づかないんだろう。



「でも何で私に借りにきたんだろう」
「委員長のこと気になってんじゃない?」



にやにやとしてそんなことを言うものだから私も気になってしまう。仮にも好きな相手なわけだから気になってしまうのも当然のことだ。桃井さんがいる青峰君が私を気になっているなんてありえないことなのに。


頭ではわかっていても、心は彼を望んでしまう。想われなくても、報われなくても、いい。



ただ、私が勝手に想っているのはいけませんか。