10


腕を掴んでいた青峰君の右手がするすると降りてきて、私の手を包んだ。私はそれだけで心臓が壊れてしまうんじゃないかってほど、ドキドキする。青峰君の手は大きくてごつごつしていて、それでいて温かい。



「俺が嫌いなのか?」



向き合って手を掴まれている状態はどこかドキドキとする。そして、胸がぎゅうっと苦しくなる。それは青峰君が彼に似合わず真面目な表情を浮かべているからか、私が青峰君を好きだからか。


嫌いなわけない。
けど、これを否定したら気持ちが溢れてしまいそう。好き。そう、言ってしまいそう。桃井さんという素敵な女の子を傷つけたくない。



「き、らいですっ…」



俯いて、青峰君と目を合わせないようにして呟く。その声は小さく震えていて、相手に届いたかもわからない。

嫌いという言葉はこんなにも言った本人をも傷つけるものだろうか。言われれば当然傷つくけれど、こんなにもお互いの心に刺さるものだろうか。


青峰君からの反応はない。呆れる?怒る?でもそれで離れてくれるなら誰も被害がなくていいんだ。私が気持ちをしまっておけば何の問題もない。



「…そーかよ」



聞こえていたんだ。上から聞こえる声には感情が篭っているようには思えなかった。ただ淡々とした声で私の声を飲み込んでいるように感じた。


それでも彼は私の手を離さない。



「だからもう」
「じゃあ」



関わらないでください、という言葉は言わせてもらえなかった。その前に青峰君が私の言葉に被せて来たからだ。



「手が熱いのは何でだ」
「…っ!!」



ぎゅっと私の手を握る彼の手に力が入る。まるで離さないと言っているよう。それにびっくりして顔を上げると、青峰君の目と目が合ってしまった。絡む視線から逃れることは不可能な気がした。



「顔が、赤いのは何でなんだよ」



静かにそう言われてはっとする。そして左手がゆっくりと上がってきて私の頬を捉えた。手でさえも青峰君を近くに感じるのに頬を触れられているなんて。
恋愛小説によくあるような頬を赤く染めるなんていう温い次元ではない。きっと真っ赤で大火事だ。



「それは、あ、おみね君が、近いからっ」



無理矢理目を合わせられた状態で、必死に目を逸らす。けれど斜め上からは視線を感じる。



「なんだよ」



それだけ言って彼はさっと私から離れた。もう離れているのに、まるでまだ触れているかのように熱い。自分の熱が集まりすぎて火傷でもしたんじゃないかと思えるくらいだ。



「嫌いじゃねぇじゃん、俺の事」



さっきまでの声音と違うことに気づいて上を見上げた。そしてすぐに後悔する。


目の前で青峰君は素敵な笑顔で笑っていた。昔ストリートバスケで見た、バスケットをしていた時のような、少年のようなその笑顔。にかっとして人より少し色黒の肌の上に真っ白な歯が存在を現す。

私が青峰君を好きになった最初の理由。無邪気な笑顔は健在だった。


そんな顔を見て、私は思い知ってしまったんだ。

私はやっぱり青峰君が好きで。
青峰君の世界に入れて欲しいなんて望んでしまうんだ。