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あの日からあらぬ噂がたっていると聞いた。否定を続けているものの誰も取り合ってはくれない。少し考えればわかることなのに。



「委員長、青峰のことフッたんだって?」



そう、ありえないことが噂されている。

あの日の体育館での出来事が噂され、尾ひれがついて拡散されていた。どうやら青峰君が私にフラれてしまったという内容みたい。ありえないことなのに。だって彼には桃井さんという素敵な彼女がいるのに。



「フッてないし、そもそも告白なんてされてないよ」



苦笑して否定をするけれど、クラスメート達はにやにやしてどうも聞き入れてはくれていないみたい。もし、もしもだけど、青峰君に告白なんてされたら私は断る訳がない。

体育館で私が頭を下げて逃げたこと、その後青峰君が動揺してバスケットでシュートを外したらしいこと、翌日の青峰君の機嫌が悪かったこと。それらから周りは私が青峰君の告白を断ったという結論に至ったらしい。



「おい、青山」



もう一つの原因はこれだ。
青峰君が私を訪ねてよくうちのクラスに来るようになった。


放課後、隣のクラスなのに遠慮なく堂々と入ってきた青峰君は私の隣に来て見下ろした。

相変わらず大きい。バスケットで鍛えているからかがっちりしているというのもあるだろうし、何より身長が大きい。いくつなのかは知らないけど、190センチを超えているんじゃないだろうか。



「な、なんでしょうか」



自分より遥かに大きな彼に威圧感と恐怖を感じる。青峰君のことが好きなのだけれど、それでもこの機嫌の悪そうな顔は怖いのだ。



「荷物持て。今日は逃がさねぇからな」



ぐいっと腕を掴まれてそこに熱が集中する。そのまま引っ張られて教室を引きずり出された。当然私のクラスメートは好奇の目で見つめている。何て言っても、数日前に告白してフラれた男として認識している彼が私を力任せに連れていこうとしているのだから。



「ちょ、あの、待ってください」
「待たねぇ」



イライラした声で即答されて、私は震え上がった。やっぱり嫌われてしまったんだな。こんなに敵視した目で見られるのだし。


そうこうしている間に引きずられるようにして学校を出た。どこに向かっているのかはわからないけれど、青峰君は目的があるようにずんずん進んでいく。



「どこに行くんですか、離してください」
「離さねぇ」
「それに今日も部活ですよね。貴方は私に構っている場合ではありません」
「それは俺が決めることだ」



青峰君は進む間一度も私の方を振り向かなかった。私が言うことに返事はするが、どんどんイライラが募っているように聞こえる。だから私はもうこれ以上言葉を発するのをやめた。多分きっと今の青峰君には何を言っても無駄だ。


最早抵抗もせず連れてこられたのはストリートバスケのコート。青峰君が夜に練習をしていた、そして私が彼を何度か見かけているここ。まだ夕方だからかぱらぱらと人がいる。呼び出すところがバスケット関係の場所というのは青峰君らしいが、やっぱり人気のないところではないらしい。



「俺と関わりたくねぇってのはどういうことなのか今日こそ教えろ」



今日は逃がすまいとしてか彼は私の腕から手を離さない。そして上から冷たい目で見下ろすのだ。私は今、蛇に睨まれた蛙の状態。

でも嬉しくもある。こんなに間近で好きな人と話しているのだから。本来なら接点も何もなくて、遠くから眺めるだけでいいと思っていた相手だから尚更。少し前の私からしたら考えられない。



「それは誤解なんです。関わりたくないっていうのとはちょっと違って何と言うか」



私が青峰君に関わりたくないのは、どうせフラれて傷つくのは嫌だという保身から。それから、桃井さんに申し訳ないという思いもある。

桃井さんという彼女がいるのがわかっていながら、青峰君に好きになって欲しいなんて思ってはいけないの。だから眺めているだけで、自分が好きでいるだけでいようって思っているのに。