−不鮮明な優しさ−




クロは正直少しおかしい。私がそう思うのはあながち間違えではないと思うの。

だってトサカ頭だし、胡散臭いし、パニーニはイタリアの食べ物だし、そして何より円陣の時のあの掛け声…



「俺たちは血液だ、」



云々。



あの人やっぱりおかしい。あの掛け声は恥ずかしくないのかな。研磨君も毎度のように言っているのに一向にやめようとはしない。あの厨二的な掛け声のどこがいいのか。



「んじゃ、休憩」



声がかかってボールが床を弾む音が止む。水を飲みに集まってくる部員たち。



真夏の体育館はドアを開けて風の通り道を確保したところでこもっていて暑苦しい。

そんな中部活をする彼らは汗だくで、その額から汗が床に雫を落とすレベルだ。そりゃこんなに蒸し暑い体育館じゃ彼らも喉が渇くだろう。


クロもそれは例外ではなく、マネージャーである私の近くにある水をガブガブと飲み込む。美味しそうに上下する喉仏が男らしくて少しだけドキリとする。

そんな私に気づいてか、水を飲み終えたクロの目が私に向けられる。



「なんだ、お前も飲むか?」



口元を逞しい腕で拭って、今しがたまで飲んでいたボトルを私に差し出す。


この人は…私が女だって意識はないのか。確かにこうも男だらけの中で過ごしていれば回し飲みくらいするだろうし、普段の私なら間接キスなんて気にも止めてないのだろうけれど。

クロは違う。クロだけは特別だから。



「いらない。それより汗ふきなよ」



照れを見せないようにポイッとスポーツタオルをクロに投げる。それをボトルを持つ手とは逆の手で器用にキャッチしてクロはくすりと笑った。



「おう、サンキュー」



無理矢理私にボトルを押し付けてタオルで汗を拭きながら他の部員の元へ戻ろうとする。そこで首だけで振り返って優しい顔をした。



「お前、顔赤いぞ。ちゃんと水飲んどけよ。大事な奴に倒れられたら困るからな」

「なっ…!!わかってるよ!!」



この場合どう言う意味なのか。

女の子としてなのか、それともマネージャーといえど部員の一人だからなのか。きっとクロのことだから後者な気がする。お調子者ではあるけれど、女の子に安安とそんなことを言うような奴ではない。



「クロは名字さんのことが気になって仕方ないみたいだ」

「わっ!研磨君、驚かさないでよ」



クロに続いてボトルを取りに来たのは研磨君で、汗だくなのに涼しげな顔で言う。こくこくと美味しそうに水を飲んで一息ついた。それから大きな猫目で私を見つめてきて視線をずらした。



「ほら、こっち見てる」



研磨君の視線の先を辿ればクロがこっちを見ていて、目が合ってしまった。



「心配なんだよ、名字さんのこと」



ボトルを置いて研磨君は戻っていく。それが休憩終了の合図だったかのようにまた練習が始まる。


私は手に持っていたボトルと、コート上で声を出すクロを交互に見て、笑みを漏らした。



「クロのばーか」



ぼそりと聞こえないように呟いて、そして私はそのボトルから水を飲んだ。



おかしいのは私もだ。クロの近くにいるだけで熱くなるのだから。こうして不意に優しくされては顔を赤くしているんだ。


クロはおかしな人だけれど、優しくて面倒見がよくて、いいところをいっぱい持っている。だから私は彼から目が離せない。






END