−遠回り近回り−




好き。そんな短い言葉も言うことができないのは、自分から壁を作ってしまったからだ。



小学生で知り合った時、彼はちょっぴり色黒な普通の子供だったと思う。外で友達と遊んで、ゲームをして、宿題を忘れて怒られて、夏にはザリガニを取りに行って。そんな普通の少年だった。

私が彼の幼なじみのさつきちゃんと仲良くなったことがきっかけで、話すようになった。

いつからか三人で遊ぶようになって私達の友達という関係は親友に至るくらいだったと思う。



「俺、バスケ部に入部したんだ」



中学に入学して、そう言われた時の大輝のきらきらした瞳は忘れない。友達と遊ぶより、ゲームをするより、楽しいものを見つけた大輝は、どんどんバスケにのめり込んでいった。

大輝が朝練に遅刻しないためにさつきちゃんもマネージャーとしてバスケ部に入部して私は一人取り残された気がした。


ううん、自ら二人から離れたんだ。その頃の私は幼心ながらも大輝に気持ちが揺らいでいたから。友達をそんな目で見るなんて考えられなくて、私は大輝と距離をおいたんだ。


部活がある二人とはあまりいなくなった私。一緒に過ごす時間と反比例して募る気持ちに自分自身戸惑っていた。


そんな時に大輝から試合でスタメンをとったから見に来いと言われて、のこのこと応援に行ってしまった。大輝を好きだとはっきりとわかってしまうと、見る前からわかっていたのに。



「よっしゃ!!」



勝利をおさめて満面の笑みを浮かべる大輝。一緒に笑うさつきちゃん


。私じゃ、あそこには立てない。隣に立つことはできない。だって私は頑張っていないから。ただ普通に生活してるに過ぎないから。



「名前!見てたか!?」



観戦席にいる私に大きな声で呼びかける彼に、作り笑いを浮かべて頷いた。



見ていたよ。目に焼き付けた。かっこよかったよ。



そんな言葉が喉まで出てきたのに声が出なかった。



赤、黄、緑、紫、蒼。大輝の周りはたくさんの人で賑わっていたから。

さつきちゃんもその輪に加わって嬉しそうに笑っている。



ああ、眩しい。



私にはあそこに近づく権利がない。大好きな彼とは住む世界が違う。


そう思ってそっと体育館を後にした。それからは一度として大輝の試合を見に行くことはなかった。










あれから三年。大輝もさつきちゃんも桐皇に入学した。私は、海常に入学した。


黙って進路を変えたこと、二人にすごく責められたけれど、私は何も答えなかった。

私はこれでよかったと思ってる。あの二人といるのはすごく好きだけれど、同時に私が私らしくいられなくなるから。私が勝手にひどく卑屈になって、大好きな二人を嫌いになってしまいそうだった。ただの僻みだってわかってるけど、それでも止められなかった。



「名前っち」

「黄瀬、触らないで。あと何度誘われても行かないってば」



唯一の誤算は、海常に黄瀬がいたこと。帝光バスケ部からやってきた、大輝と繋がる人物。

そんな彼はやたらと私に絡んできてはバスケ観戦を勧めてくる。今日もうざったいくらいにきらきらとしたモデルスマイルを携えて、私の肩に腕を回してくる。



「まだ何も言ってないッスよ」

「試合なら見に行かないってば。帰るから離して」

「それも残念だけど、今日は違う用事ッス」



にこにこと不審な笑みを浮かべて私の腕を引っ張った。


どこに行くの。秘密ッス。そんなやりとりを数度してたどり着いたのは桐皇学園。



「黄瀬…」

「約束したんスよ。必ず連れてくるって」



ぐいぐいと引かれて、桐皇に入る。他校の制服なうえに、芸能活動をしている黄瀬と一緒で目立たないわけが無くて。そこかしこでこそこそと囁かれ、あまりいい気分ではない。



「どうして私が大輝と会わなきゃいけないの」

「ふふ、俺、青峰っちだなんて一言も言ってないッスよ。ま、その通りッスけど」



黄瀬は楽しそうに笑って手を離した。黄瀬の背中越しにいたのは、見慣れた浅黒い彼。



「黄瀬、てめぇ何名前と手繋いでんだよ」



中学の卒業式以来久しぶりに会った大輝は、背も伸びて骨格もしっかりしていて、高校一年生には見えないほど成長していた。



「連れてきたんだからそれくらいいいじゃないッスか」

「よくねぇ。お前はもう帰れ」

「はいはい」



帰らないでという気持ちを込めて見上げたのに、黄瀬はウィンクをしてさっさと帰ってしまう。必然的に二人きりになって、ただ黙っていた。


話すことなんてない。こんなにかっこよくなっていて、平常心が保てる筈がないんだもの。



「…久しぶり、だな。元気してたか?」



沈黙を先に破ったのは大輝で、当り障りのない言葉を投げかけられる。



「うん…大輝こそ」

「俺は、そうだな…」



大輝がこの一年何があったのかを話していく。入学して、バスケ部に入って、レギュラーになって、やさぐれて。真剣にバスケに取り組んだけど、残念ながら負けちゃって。でもまたバスケの楽しさを思い出したって。それはもう楽しそうに話すんだ。


ああ、やっぱり。大輝は眩しくてかっこいい。そしてやっぱり届かない人だ。



「でも気づいたわ」



そこで大輝から笑顔が消えた。青い瞳がすっと細められて、らしくないほどの真剣な顔。楽しそうな大輝とはまた違ったかっこよさを醸し出して、私は思わず目をそらした。

また、好きだと思ってしまうから。



「お前がいねぇとなんか足りねぇ」



ぼそりと、それでもはっきりとそう言った。私は聞き間違いかと思ってじっと大輝を見た。

目を合わせても大輝は何も言ってくれない。私は震える声で、真意を問う。



「どういう、意味…?」



信じられない気持ちでいっぱいの私とは正反対に、また楽しそうに笑って答えるんだ。



「そのままの意味だ」



一歩私に近づいた大輝は両手を私に伸ばす。そっと大きな黒い手に頬を包まれて、コツんと額が合わさったのは夢じゃない。


ああ、もしかしたら、今なら言えるかもしれない。


好きだという、簡単に気持ちを表せる言葉を。数年越しの素直な気持ちを。伝えられる時が来たのかもしれない。





END