−雪−




雪が降った。都会だからたくさんは積もらなかったけど。それでも薄ら積もった雪にクラスメートたちは楽しそうに外に出ていく。

こんなにも寒いのに、小さな子供のようにグラウンドを走り回る高校生たち。こんな寒い中、何が楽しいんだろうって思わなくもないけど。それでも私だって滅多に積もることない雪に少なからず浮き足立ってはいる。


みるみるうちにグラウンドの雪は足跡たちに消されていく。真っ白だったグラウンドは、雪が土と混ざってしまい、白から茶色へ、元の姿へ戻っていった 。



「あーあ、ぐちゃぐちゃじゃないの」



ぼそりと呟いて私は席を立ち上がった。


向かう先は私の秘密の場所。そこは体育館の裏を抜けた小さな中庭。

こんなにいいところなのにそこで誰にも会ったことはない。きっとこんな場所が学校にあるなんて知ってる人も少ないはず。



「……綺麗」



足跡一つない完璧に真っ白な地面。先ほどのグラウンドとは比べ物にならないほど静かで純白。


私はただ黙ってそこに立ち尽くして、寒さも忘れてその景色を見つめる。



「名字ちゃん」

「ひゃぁっ!!」



突然声をかけられて思わず変な声をあげてしまう。私がここでは誰とも会う筈がないと決めつけていたのが悪いのだけれど。



「ぷっ…くくっ…変な声ー」
「た、高尾くんっ!?」



クスクスと笑う彼は、クラスメートの一人。そして私の想い人。


普段はおちゃらけたような感じでムードメーカー的存在なのに、一度バスケットコートに入ると、その鋭い瞳で相手の隙を突き、鷹の目と呼ばれるもう一人の彼に一瞬にして変わる。



「体育館から名字ちゃんがこっちの方いくの見えたからさー」



追っかけてきちった、とにかっと笑った。今その笑顔は私だけに向けられているのだ。

彼はこんな人柄だから男女共に友達が多くて、私もこっとその中の一人なのだけれど。それでも今は、彼を独り占めしている気分だ。



「こんなとのあるなんて知らなかったわ。名字ちゃんの秘密の場所?」

「そうなの」



頷くと高尾くんは私の隣に並んで同じように中庭を眺めた。


いつもは違う世界を見ているような彼だけど、今は同じものを見ているからか、少し近づいた気分。



「じゃあさ、名字ちゃん」

「ん?」

「この秘密の場所で俺と新しい関係を始めませんか?」



その言葉と共に私は高尾くんの大きな身体に包み込まれた。雪が降るほどの寒さに知らない内に冷えていた私の身体は、忽ちに燃えるように熱くなる。大好きな彼に抱きしめられて包み込まれて、最早寒さなんて感じない。



「たたたたたか、たかお、くっ…!?!?」

「あははー、どもり過ぎだって」



背中をぽんぽんと軽く叩かれて笑われる。

いやでもだって。有り得ないシチュエーション過ぎて。そりゃどもりもするよ、高尾くん。



「俺、名字ちゃんのこと好きなんだ」



高尾くんの言葉は、回りくどい言い方はせずにストレートに彼の気持ちだけを私に伝えた。その声は優しさに満ちていて、私も即座に好きだと言い返したかった。でも出来なかったの。


夢のような気がしてしまったから。好きだと言ってしまえば夢が覚めてしまうような気がしたから。



「ゆ、め…?」

「なーに可愛いこといってるの?夢じゃないよ。俺と付き合って」



抱きしめられていた逞しい腕が解かれ、大きな温かな手が私の手を引いた。それにつられて私は一歩一歩と進んでいく。



「…うん。私も、高尾くんのこと、好き」



泣きそうになりながら高尾くんの手をぎゅっと握る。彼は嬉しそうに笑って前へ進む。




真っ白な地面に私達二人だけの足跡。これはこれからの私達の軌跡。





END