−笑顔の力−




私の学校には黄瀬涼太君というモデルさんがいる。

彼が雑誌に掲載されれば、たちまち話題になるし、学校のいたるところでその雑誌を目にする。


けれど私は正直そんなものにはちっとも興味がない。

もちろん黄瀬君はかっこいいと思うし、美人だと思う。それに人当たりもいい。頭だっていいし、運動もできる。彼のどこを見たって欠点なんてものは見つからないくらいいい人なんだと思う。


そんな黄瀬君が私に構うようになったのはいつからだったか。はっきりとは覚えていないけれど、彼はただの一般生徒である私にやたらと近づいてくる。人気者の彼は、何故か私にご執心らしい。



「見て見て!また黄瀬君出てるよ〜」



親友とも言える女友達は黄瀬君が雑誌に出る度に私のところに持ってくる。私はそれをちらりと見ては、そうだね、なんて気のない返事をするんだ。


知っている。黄瀬君は私のことが好きだ。これは私の自惚れでも勘違いでもない。

数ヶ月前に真剣に告白してきた黄瀬君は、私がお断りしたにも関わらず、諦めないと宣った。正直私は黄瀬君に追いかけられるほどの人間ではないし、どうして諦めないと言ったのかもよくわからない。けれど付き合う気もクラスメイト以上の仲になる気もさらさらない私は、のらりくらりと黄瀬君のアタックをかわし続けている。



「どうしてそんなに黄瀬君に興味ないのかなー。こんなにかっこいいのに」



雑誌を見てうっとりと言う友人はきっと黄瀬君応援派なんだろう。私としては黄瀬君にはさっさと諦めて、モデルにでも部活にでも集中して欲しいところなんだけどな。



「まあ、かっこいいのは認めるけどさ」



ガタリと音を立てて立ち上がる。一瞬だけ机の上に開きっぱなしの雑誌に載っている黄瀬君を見て、私は教室を出た。


黄瀬君がかっこいいのはわかってる。モデルをやってるくらいなんだし。

でもどうしてもあの張り付けたような笑顔が好きになれない。撮影用っていうのはわかってるけど、あんなの本当の黄瀬君じゃない。そしてそれを当然のように私にも向けてくる黄瀬君本人にもいらいらする。



「体育館が使えないとトレーニングばっかりで飽きるッス」
「体力作りも大事なのはわかってるけど、こう暑いとな。可愛い子が応援でもしてくれればやる気もでるのに」
「お前ら!!いつまで休憩してんだ」



声が聞こえてそこを向けば、運動着姿のバスケ部。もちろん黄瀬君もいる。水飲み場で水を頭からかぶりながら、じゃれている。先輩らしい人が黄瀬君の頭を殴った。痛いッスよ、なんて言ってるのに黄瀬君は笑っている。


そう、笑っているの。あのモデルの時の笑顔じゃなくて。

きっとこれが、黄瀬君の本当の笑顔。いつもの張り付けたような作った綺麗な笑顔じゃなくて、本当に自然で心から笑っている姿。



ドキリと鳴った私の心臓はきっとこの笑顔に反応したから。



黄瀬君はかっこいい。けど、それでも私は黄瀬君を好きなわけじゃない。あんな嘘の笑顔を向けられても心は動かないのだから。それなのに、あの笑顔は反則だ。



「あ」



私の小さな声と、黄瀬君の嬉しそうな声が重なった。振り向いた黄瀬君と目があったからだ。



「名字さーん」



ぶんぶんと音が鳴りそうなほどに、長い腕を振って私に声をかけてくる。その顔はさっきの顔のまま。きっとあんな素敵な笑顔を見たら、女の子たちは卒倒する。ただの高校生男子な黄瀬君はすごくレアで、それでいてとても魅力的だ。



「今帰りッスか?」



先輩に先に行っててもらうように言ったのか、黄瀬君が近づいてきた。私はその質問にかろうじて頷いて、視線をそらした。


だってあんな顔じっと見ていたら、ドキドキしてしまう。撮影用の所謂キメ顔ではなくて、素の黄瀬君。そんなものを見せられたら、私が黄瀬君を拒む理由がなくなってしまうじゃない。


何の返事もしない私に黄瀬君はにこにこと笑顔で一方的に話しかけ続ける。けれどそんな声は一切私の耳には届いていなくて、内容どころか顔をちゃんといることもできない。



「そんでそんでー」
「あの、さ」



まだ話し続ける黄瀬君の言葉を遮って私は無意識に声を発した。何を言おうかなんて何も考えてなくて、それでも言葉がすっと口をついてでてきた。



「その顔の方がいいよ。雑誌の黄瀬君より、その…好き、かな」



相変わらず眼も合わせないままにそう伝えた。数秒たっても黄瀬君からは何も返事も反応もなくて、そっと目を向ければ、そこには耳まで真っ赤にして眼を大きく見開く黄瀬君の姿があった。そんな姿が雑誌に載ってるモデルの黄瀬君とはかけ離れすぎて、思わず笑ってしまった。



「ふふ、黄瀬君、顔真っ赤だよ?」
「や、あの、俺、そろそろ練習戻らなきゃ」



私の指摘ではっとして顔をそむけて背を向ける。そうして、じゃあ気をつけて、なんて言って走り去って行った。でも私は見てしまったの。その後ろ姿でもわかる、あの金髪から除く真っ赤な耳。



もし、もしも、あんなふうに普通の高校生の黄瀬君からの告白だったら、最初から私も拒むことなんてなかったかもしれない。だってその証拠に、あの笑顔が私だけに向けられたらいいのにって思ってるから。






END