−正攻法を鈍感に−
及川徹、彼はイケメンでモテる。それは否定しない。ただそれは見た目の話。私にはあいつはただの腹黒大王にしか見えない。
「私から告白したのに、ごめん。別れて」
彼女という存在を及川は大切にしているし、部活がオフの月曜日は大抵デートだ。そんな彼は毎回同じような言い回しでフラれる。こうしてフラれる理由も最初こそわからなかったけれど、今となってはこの光景も当たり前のような気がする。
「そう、今までありがとね」
フラれたとは思えないほどあっさりと承諾して、ひらひらと手を振った。簡単に恋人という関係を断ち切ったんだ。
「…及川、どうして私がこのタイミングで呼び出されたのかそろそろ聞いてもいい?」
彼女、いや元彼女が去って行くのを見送ってから、私は及川に近づいた。
及川とは高校に入ってから知り合ったけれど、仲がいい方なんだと思う。普段から一緒に馬鹿をやったり、ご飯を食べに行ったりする仲だ。
勿論彼が所属する男子バレー部の試合を見に行ったこともあるし、そこでは危うく惚れてしまうかと思うほど格好いい及川を見た。試合中、コートに立つ及川はただのおちゃらけた高校生じゃない。チームを率いる主将で、ゲームの軸で、いつも私の隣にいる及川とは別人だ。一言で言うなら真剣な姿なんだろう。すっと細められた双眼は力強さを増し、綺麗な顔は冷酷さを帯びる。それなのにチェンジコートなどの際には普段の及川が現れる。岩泉君に冗談をいう姿も見受けられた。
もう一度言う。私たちの仲はいい方だ。けれど、私は未だに及川という人物はわからない。
「フラれたら慰めがいるだろう?」
そんな理由で今すぐ来てよなんていうメールを送り付けてきたんだと思うと、心底呆れる。でもその前に、及川は彼女から呼び出された時点でフラれることがわかっていたことになる。
「またそうやって仕向けたんだ…」
「仕向けたなんて人聞きが悪いよ、名前。俺は後腐れなく別れただけさ」
ははっと笑い飛ばす。慰めなんて必要には見えない。むしろ清々しささえ窺える。
及川が別れるときは必ずフラれる。それは及川がそうなるように仕向けているから。一見すごく優しそうに見えて、及川ほど酷い奴はいないんじゃないかと思う。
「それが仕向けたっていうのよ。及川のことは好きだけど、そういうところ嫌い」
「…っふ。言ってればいいさ」
あ、やばい。
そう思った時にはもう遅かった。伸びてきた長い腕が私を引き寄せてその胸に抱きとめる。その力は女の私が対抗できるわけもなく、現状打開は諦める他なかった。
「名前、俺はお前のことが好きだからね。嫌いだなんて言葉、いつだって撤回させてやる」
「な、にを…!」
「言っておくけど、これは友達としてじゃない」
今、彼女にフラれた男が何を言い出すのかと思えば。私を好きだなんて。そんなこと誰が信じるはずがあるのか。
「彼女と別れたばかりのクセに。次のターゲットは私なの?」
小耳に挟んだことがある。及川は彼女となり得るターゲットを決めて落とすということをゲーム感覚でやっている、と。仲がよくても、及川と所謂恋バナなんてしないからその噂が嘘か本当か知る由もなかったけれど。今のこの状況的には噂は本当だったと思えてきてしまう。
「いやだな、そんな噂、名前まで本気にしてるのか」
「だってそれ以外、いきなり私にそんなこと言う理由が見当たらない…」
「信じてよ、俺の事」
目を合わせないように下を向いていたのに、細くて長いけれど堅くて節くれだった指が私の顎にかかった。そのまま上を向かされて、ばっちり目が合う。綺麗な瞳は真剣そのもの。そこに不安げな顔をした私が映ってるのが見えて、距離の近さに体温が上がった。
「俺は一度としてゲーム感覚で恋愛をしたことはないし、俺が告白して付き合ったことはないだろう?」
そういえば。及川に彼女がいるときは決まって彼女の方から告白をした時だ。彼から告白をしたなんてことは聞いたことがない。
ということは、本当に本気なのか。
「どんなに他の女の子と付き合っても嫉妬すらしてくれないから正攻法で行くことにしたんだ」
いつものふざけた笑いじゃなくて、綺麗な微笑みを浮かべた。そしてそれは私の心拍数を格段に上げた。
「ねぇ、名前。俺を見てよ」
「おい、かわ…」
「手始めに徹って呼んでくれたら嬉しいかな」
私から離れて、今度はいつもの調子で笑った。いつもと同じなのに私の目に映る及川はいつもと違って見えたことは、まだ及川には秘密にしておこうと思う。
END