act.6
考えてみれば俺が名字に選ばれるはずない。
優しくなんてしてないし、仲良くもしてない。
メールアドレスすら知らないんやから。
きっと好みのタイプとは違うやろう。
名字が好きなのは部長やった。
ああいう人が好みなら俺は当てはまらん。
むしろ逆なくらいや。
部長みたいになったら好きになってくれんのやろうか。
いや、あいつは“白石蔵ノ介"が好きやったんや。
俺がどんなに似せようとしたってきっと振り向きはせんやろう。
「あれ?ピアス足りひんやん」
朝練の後着替えていたら、俺のギラギラ光る耳を見て謙也さんが驚く。
それもそのはず。
俺はピアスの穴を開けてから一度として付け忘れたことはない。
自慢やないけど風呂以外では殆どピアスを外さへん。
その俺があるピアスをしてきてないのには理由がある。
もう、断ち切る覚悟ができたから。
「ここにあったやん。赤いやつ」
指さすのはそれがあった場所。
好きな人ができたと言われて考えた。
ええ加減もう忘れよう、と。
だからわざとあの大切な赤いピアスを外した。
そして見えないように引き出しにしまってきた。
「あー、あれもうつけへんッスわ」
「せやったら空いとんのどないするんや?」
言わずもがな、長期間つけへんと穴がふさがってまう。
とりあえず帰ったらシルバーでもつけるか。
「気に入るん見つかるまで適当なんつけますわ」
さりげなく赤いピアスのついていた穴を触った。
そこはただの耳朶の感触。
もうあの約束の赤いピアスは俺には必要ない。
だって約束の期間はもうとっくに終わっとる。
でも好きな女から貰うたもんやから、俺の大切なもんやからお守りにしてずっとつけてた。
あの赤いピアスは俺にとってそれほどにでかい価値があった。
もう価値のないただの赤いピアスになってもうたけど。
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